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最高裁判所第二小法廷 昭和60年(あ)494号 決定 1990年1月31日

本籍

福井市田原二丁目二二〇五番地

住居

同 田原二丁目三番一一号

会社員

天井定美

大正一四年六月二日生

事務所所在地

福井市渕町第一〇号一番地

福井市農業協同組合

右代表者理事

柳澤義孝

本籍

福井市岸水町第一三号二四番地

住居

同 四十谷町第一三号二三番地の一三

農業

柳澤義孝

大正七年一二月六日生

右天井定美に対する有印公文書偽造、法人税法違反幇助、福井市農業協同組合に対する法人税法違反、柳澤義孝に対する法人税法違反、有印公文書偽造、偽証教唆各被告事件について、昭和六〇年二月二八日名古屋高等裁判所金沢支部が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人天井定美の弁護人大橋茹の上告趣意は、事実誤認の主張であり、同弁護人前波實の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同弁護人佐伯千仭の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は事案を異にして本件に適切でなく、その余は、憲法三一条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも適法な上告理由に当たらない。

被告人柳澤義孝及び同福井市農業協同組合の弁護人大槻龍馬の上告趣意は、憲法三九条、二九条一項違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由に当たらない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

昭和六〇年(あ)第四九四号

○上告趣意書

有印公文書偽造・法人税法違反・偽証教唆 被告人 柳沢義孝

法人税法違反 被告人 福井市農業協同組合

代表者 柳沢義孝

右両名に対する頭書被告事件について、昭和六〇年二月二八日、名古屋高等裁判所金沢支部が言い渡した判決に対し上告を申立てた理由は左記のとおりである。

昭和六〇年五月二九日

弁護人弁護士 大槻龍馬

最高裁判所第二小法廷 御中

原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違反及び重大な事実誤認があり破棄しなければ著しく正義に反するのみならず、憲法二九条一項同三九条に違反する。

第一、控訴趣意書二について

一、原判決は、弁護人の控訴趣意中、趣意書二の

被告人柳沢に関連する事実は、その端緒として、福井県議会の牧野副議長が江守の里などと称せられる土地の売買に関し犯罪行為ないし不当な行為に及んで利得したのではないかとの疑いをかけられ、捜査が開始されようとし、また世論の批判を浴びそうになるや、「明里土地」に関して不正行為があると喧伝することによつて、捜査、世論の鉾先を他に転じようと画したことから始まつたもので、捜査官は、なんの根拠もないのに、「明里土地」の「追加一億円」は政治的加算金であつて、それが裏で福井県知事中川平太夫の選挙資金に使用されたものと見込んだうえ、当時、いわゆるロッキード事件をはじめ各地で県知事と農業協同組合との癒着による汚職事件が検察官により摘発されていたこともあつて、福井地方検察庁においても検察官が功名心に駆られた結果、右のような見込に基づいて福井県知事と農業協同組合との癒着による違法行為があるとして捜査し、被告人柳沢を狙い打ちし、同被告人の供述を無理矢理に右見込の枠に嵌め込もうとしたため、事実の全体像を歪め、右歪曲された捜査結果を裁判所がそのまま引き継ぐといつた形で第一審判決判示「罪ともなるべき事実」の第一及び第二の一、二の各事実を認定したため、裁判所も事実を誤認するに至つたもので、右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。すなわち、相被告人福井市農業協同組合(以下、単に福井市農協または組合と略記する)から、「明里土地」を買つた買主は、市公社ではなく、福井市であり、市公社は買主である福井市の代理人に過ぎなかつたと解せられるところ、福井市農協の役職員らは、当初、本件の土地代金を市公社から受領しても、昭和四九年事業年度末までには福井市議会において補助金として補正予算が可決されるものと期待し、これによつて非課税所得となるものと考えていた。それに被告人柳沢は、昭和四九年二月二六日開催の組合理事会に遅参したため、二本立て書類による「明里土地」売買契約案の審議には与かつておらず、従つて法人税逋脱の共謀に参画したとしても、他の共謀理事らが公訴の提起を免れ、被告人柳沢のみが起訴されたことは、検察官が同被告人のみを狙い打ちしたものと解するほかない。また、坪川均が昭和四九年一月二三日付で作成し、福井市長に提出した原判示の補助金一億円増額陳情書の趣旨は、他の市長事務引継書の記載等の客観的資料と比照検討してみれば、その記載の字義どおり、組合の本所会館建設費用に充てるため、一億円の補助金を従前の補助金に追加して交付されたいとの陳情であることが明らかであり、「明里土地」の県の買受価格は時価に比して相当に低廉であつて、市公社の得た転売益は土地転がし的なものではない。しかるに、第一審判決は、前記のとおり狙い打ち的追及によつて得られた被告人柳沢の供述を信用して採証し、「明里土地」買主は市公社であつて、これに関連し福井市から組合に対し本所会館建設のための補助金が従前決定分に加えて交付される見込みなど全くないとし、また、被告人柳沢は前記の組合理事会に非常勤理事として出席し、二本立て書面による売買契約締結の方式によることをも含めて法人税逋脱の謀議に参画したとし、更に、前記坪川の陳情書の趣旨について、これを坪川が二本立て契約締結を側面から支援するために独断でした、真意に基づかないものと誤解し、「追加一億円」は土地転がし的、不明瞭な政治的加算金であるなどと甚だしい事実誤認をおかしたものであり、しかも、右の事実は、昭和五一年六月一四日に開催された組合の理事会において、法人税の修正申告をした被告人柳沢が、事態を収拾するために説明した際に、これを収録した録音テープによつて裏付けられるなどとし、第一審判決判示坪川作成の確認書を証拠隠滅工作によるものと曲解した。更に組合の法人税逋脱について、第二部上場会社の経営規模にほぼ匹敵する組合の代表者である被告人柳沢としては、末端事務職員の個々の行為を一いち監督することは不可能なことであるのに、合法的内部留保の結果である「含み金」の概念を不当に転用したうえ、被告人柳沢の具体的事実認識を越え、事務職員がその裁量判断でした法人所得の過少計上部分についてまで同被告人が概括的犯意を有していたとして、被告人の刑責の存在を認めた原判決は、明らかに事実を誤認したものである。

との主張に対し、

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、第一審判決挙示の関係各証拠を総合すれば、同判示第一及び第二の一、二の各犯罪事実を肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果によつても右認定を覆えすに足りない。すなわち捜査官が功名心に駆られ、偏見に基づく見込調査によつて被告人柳沢を狙い打ちし、これに所論のような虚偽自白を殊更に強いたとの事情は、本件全証拠によつても到底窺知できないところであるのみならず、「明里土地」売買益に関し法人税を逋脱することを最初に企図した所論の坂本や坪川に対し公訴が提起されていないのに、被告人柳川のみが訴追されたとの点に関しても、同被告人が昭和四九年三月一日福井市農協の非常勤の組合長理事に就任し、同年七月一日からは常勤の組合長として、名実ともに組合の最高責任者の立場にあり、第一審判決判示第一及び第二の一、二の各犯罪に関与し、組合の昭和四九年度、五〇年度分法人税の過少申告をしたものと認定、判断することのできる事情に徴すれば、右各犯罪事実につき被告人柳沢のみが公訴を提起されたとしても、これをもつて同被告人のみを当初から狙い打ちした不合理な差別的捜査、公訴の提起であると断定することはできないし、たとい検察官が捜査の端緒期において所論のような中川福井県知事と被告人組合との癒着に疑惑を抱き、それに基づいて捜査を開始したとしても、捜査を遂げた結果、右疑惑とは別の本件各犯罪事実についての嫌疑を発見し、右嫌疑が十分であるとして本件各公訴を提起することは、なんら差支えなく、それ自体を違法視することができないばかりでなく、右のような経緯があつたからといつて、直ちに本件の捜査が被告人柳沢を狙い打ちにしたもので、狙い打ちされた同被告人の原判示第一及び第二の一、二の事実認定に沿う各検察官調書の供述内容は、すべて虚構で信用できず、これらを採証した原判決の事実認定はすべて誤りであると即断できないことはいうまでもないし、右各検察官調書中の自白に任意性を欠いているとの疑いを挟むべき事情も見当たらない。従つて、所論にかかる相被告人天井定美(以下、単に天井と略記する。)の検察官に対する供述調書の信用性は、その個々の具体的内容に即して、関連する他の証拠等とも対比、検討し、事態の客観的全体像をも考慮したうえ、決定すべきものであつて、これがすべて一般的に信用性がないなどとは到底いえない。

ところで関係各証拠によると、「明里土地」売買に関する契約書類がすべて明示的に福井市農協を売主とし、市公社を買主としてそれぞれ表示されていること、市公社側においては右売買に関連する代金は、すべてこれを適法に予算に計上して支出している一方、組合において「追加一億円を受け入れ、これが組合の資産となつた事実を隠蔽するためこれを市公社の別段預金に仮託していたこと、「明里土地」売買の事務折衝の一方当事者は天井の指示を受けた市公社の事務局長であり、組合側でも右事務局長を相手に事務折衝をしていたこと、「覚書」、「契約書」の書換方の依頼も市公社の担当者になされていること等が認められ、これらの各事実にあわせて公有地の拡大の推進に関する法律に基づいて創設された市公社の性格や業務内容等に徴すれば、「明里土地」の買受人が独立の公法人である市公社であるとした原判決の認定は正当として是認することができ、「明里土地」所有権の移転登記が組合から市公社を経由することなく福井市に直接なされているのは、市公社と組合との間で交わされた本件の「土地売買契約書」(当庁昭和五八年押第六号の五六、同五九)の第三条但書の規定によつた(公有地の拡大の推進に関する法律によつて規定される市公社の性格及び同法二三条二項、同法施行令八条参照)ものにほかならず、登記が右のようになされているからといつて、前記認定が左右されるものではない。

そして、被告人柳沢や第一審判決判示坂本、坪川において、「明里土地」売買に関連して市公社から支払を受ける金員のうちの担当部分が組合の昭和四九年事業年度末までに補助金に変更される見込が多分にあるなどと考えていたとは、証拠上到底認められず、また、同人らにおいて右受領金を適法に補助金の性質に変更して欲しい旨の真剣な依頼や努力をした形跡の認められないことは明らかであるし、たとい所論のとおり、坪川が提出した補助金一億円を増額して欲しい旨の陳情書と「追加一億円」との関係及び天井の電話連絡を受けて組合の理事者らが作成した確認書の趣旨に関し説示する第一審判決の各事実認定のなかで肯綮に当たつていない部分があるとしても、第一審判決判示各法人税過少申告時において被告人柳沢が「明里土地」売買に関しなんら補助金の交付など受けていないことを認識していた点は疑いのない事実であると認められる以上、右について第一審判決の説示に適切を欠いた点があつたからといつて、法人税逋脱に関する同判決の認定に影響を及ぼすものではない。また、第一審判決が「追加一億円」を政治的加算金であると判示した趣旨も天井関係の控訴趣意に対し前記第二の一において説示したとおりであると解せられるから、これをもつて不当であるとはいえない。次に被告人柳沢が昭和四九年二月二六日開催の組合理事会において「明里土地」売買契約を二本立て書類によつて締結することの可否を審議した際その場に出席していたことは、他の関連証拠によつて十分裏付けられているところであるし、組合が法人税の修正申告をした後である昭和五一年六月一日に被告人柳沢が組合の理事会において「明里土地」売買関係及びこれに関する法人税関係についてした説明も、その証明力の程度について慎重な検討、判断を加える必要のあることは当然であるとしても、これを事実認定の証拠資料に使うことが全く許されないという理由はない。

更にまた、第一審判決判示の「含み益」または「含み」とは、所論のように減価償却費や各種引当金を法規上許容される限度額まで計上し、これにより法人の経営成績、財政状態を保守主義的に表示し、もつてその財政的基礎の安定を図るという、およそすべての企業体に対し許されている運営方針を意味するものではないのであつて、当期売上の除外及び当期に計上することを許されない経費の当期への計上並びに資産を取得しているのに、その全部または一部を経費として処理すること等、健全な会計原則上も法人税法上も到底許容し得ない手段により、法人所得を過少に算出し、ひいては法人税を違法に過少納入する会計処理を意味することは、第一審判決の詳細な認定説示に徴し明らかであるところ、法人の代表者で名実ともにその最高管理責任者たる者が、法人税の逋脱を企図、実行するに至つた場合の当該代表者及び当該法人の刑責については、当該代表者が自ら直接に加功し、個別的、具体的にその金額の明細までも認識し、認容した所得金額の過少計上部分のみならず、それを越える部分についても、それぞれの科目に相当額の所得の過少計上がなされていることを認識しつつその補正を指示することなく、部下会計担当者のした処理を認容したうえ、これらをも敢て含めて当該法人の適正に算出された所得であるかのように装い、これを法人税納入の基礎たる法人所得とした場合には、その代表者は、個別的、具体的にはその数額を把握していない、概括的な過少申告納税額についても、その刑責を免れるに由ないものと解すべきであつて、右の法理は当該法人の経営規模や組織、事務担当職員数の多少等に関係なく一般的に妥当するものと解されるから、上場会社ほどの大きい経営規模をもつ福井市農協の代表者の如き場合には、代表者自らが個別的にその金額の点まで確実に把握し認容していた法人所得過少計上額に相当する法人税逋脱額に限つて逋脱犯の刑責を負い、それ以外の部分につき負う筋合いはないと主張する所論は、採るをえず、第一審判決判示の「概括的犯意」というのも、結局右と同旨の理を説示しているものと解される。従つて、被告人柳沢の法人税逋脱の犯意の外延がどの範囲にまで及ぶかは個々の勘定科目について具体的に判定すべきもので、所論のような抽象的基準によつて決すべきものではないと解すべきところ、かかる観点にたつて、第一審判決挙示の関係各証拠を総合すれば、同判決のこの点に関する判示は、すべてこれを正当として肯認することができるのであつて、その大綱は以下に説示するとおりであり、同判決には所論のような事実誤認は認められない。

として弁護人の前記主張を排斥した。

二、しかしながら、原判決の右の判断には、法令違反及び重大な事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反するものである。

以下その理由を述べる。

1.まず本件は、福井県下における地方政治勢力分野の角逐を背景としているので、関係者の供述は目まぐるしい政治勢力の推移変化に応じてこれに適応するよう権謀術数的な変化を辿つているものと見るのが常識であつてその証明力については厳しい判断を必要とするに拘らず第一審判決及び原判決は、この点に思い至らず、単に結果をもつてそれに至る経緯を形式的推論によつて確定しようとしたため、法令の解釈を誤り、さらには重大な事実誤認に陥つたわけである。すなわち、本件当時の福井県知事中川平太夫(現在も引続き在任)及び福井市長島田博道はいずれも農協を選挙母体とし、農協の支持によつて選挙ごとに当選を得て来たものであり、このような経過から島田市長は、昭和四五年一月二七日、福井県農協合併対策委員長山田等との間において、農協振興合併促進の助成を約し、本所会館及び基幹倉庫の建設費の三分の一を下らない補助をなすよう努力することなどを内容とする覚書を作成し、その後同年八月五日、国の合併促進策に沿つて福井市農業協同組合(以下被告組合と略称する。)が設立された。

従つて被告組合の本所会館建設費の三分の一(建設費九億円の場合ならば三億円)を福井市が補助金として助成することについては、島田市長が在職するかぎり政治生命をかけて実行しなければならない状況にあつた。

そのため島田市長は、昭和四八年西部基幹倉庫(池尻)分補助金として、一六、三六二、〇四九円、昭和四六年東部基幹倉庫(殿下)分補助金として一八、八〇〇、〇〇〇円、昭和四七年基幹倉庫(渕町)分補助金として一二、〇〇〇、〇〇〇円を交付して来た。(別添一)

而して、昭和四八年一月二〇日付で、被告組合より、島田市長、福井市農林部長宛に、昭和四八年度着工予定の本所会館建設費の三分の一相当額・野菜指定産地出荷近代化事業費の二〇パーセント以上、稲作転換促進事業費の二〇パーセント相当額及び広域米生産流通総合改善事業費につき補助金交付の陳情がなされたので(別添二)右補助金交付の一環として被告組合に対し、昭和四八年度から毎年一〇〇〇万円を一〇年間(合計一億円)に亘つて補助する議案を市議会に提案し、同年二月その議決を経たのである。

ところが、その後昭和四八年一〇月いわゆるオイルショックに突入し建築資材その他あらゆる物価が急騰し始め農協本所会館建設費は、約九億円と見込まれるに至り、同年一一月二四日付で被告組合より島田市長宛に、「昭和四九年度予算編成に伴う要請事項の提出について」というみだしの陳情書が提出され、近藤農林部長、小島財政部長、山際助役を経て島田市長のもとへ上げられた。

その内容は、本所建設に伴う補助金の増額・稲作近代化に伴う助成(ドライストア方式乾燥施設建設費約六〇〇〇万円に対し三〇パーセント以上の助成・育苗センター床土乾燥機導入約五〇〇万円に対し三〇パーセント以上の助成)そさい共同出荷に対する助成・施設園芸用のハウスに対する固定資産税の見返り助成等であつた。(別添三)

この間被告組合理事会では、昭和四八年一二月二一日、「明里の土地の処分を市の開発公社にまかせる」ことを決定し、同月二二日ころ坂本副組合長が、公社幹部に会つてこのことを申し入れ、翌四九年一月より実務者のレベルで具体的交渉に入つたのである。

そして坪川均は、同年一月二三日付で、山田組合長名義で島田市長宛に補助金一億円の追加を求める陳情書を提出しているが、第一審判決、右陳情書は同人が独断でなしたものであつて、本件土地の売買契約にあたり、契約書と覚書の二本立ての文書を作り、覚書分を法人税課税対象から除外するための布石とした旨認定している。さらに第一審判決は、坪川の右陳情書は、昭和四九年二月五日ころ、昭和四九年度農林部関係予算に関する市長査定の場でその取扱いが論議された際に、天井がこの件については明里土地代金の中で解決済であると説明したところ、島田市長は天井の右説明が理解できないまこれを肯認し、坪川の右陳情は採択されなかつたと認定し、これをもつて補助金に関する問題は一切が解決した旨認定している。而して、同年三月二四日、島田市長が急逝し、捜査段階ではその供述が得られなかつたので、第一審判決の右認定は、専ら天井の供述によつたわけであるが、同人のこの点に関する供述には極めて疑問が多く到底信を措けない。

即ち、島田市長の後を受け継いだ大武幸夫の「市長事務引継事項」の中には「一億円」→「二億円」という記載があり、市長事務引継書のうち農林部農政課の写」の中には「市補助と更に農協の土地買収の中で更に一億円すなわち二億円を補助することになる」との記載があつて、前記のように島田市長の査定の際天井がなした前記説明によつて補助金問題一切が解決したのなら市長事務引継関係書類に前記のような各記載事項が残る筈がないのである。

況して後任の大武市長は市職員から市長選挙に立候補し、当時被告組合の組合長で農協の支援を受けた被告人柳沢と選挙戦を争い当選した者であつて、被告人柳沢に対しては勿論、被告組合に対しては表面上はとも角、内心では好意を持つていなかつたのが当然であり、島田市長のように補助金に関する覚書を履行しなければ自己の政治生命に拘わるというような切迫感は全くなかつた筈であるのに、それでも市長事務引継書には前記のような記載がなされているのであるから、この記載(書面の意味が証拠となる証拠物)は極めて重要である。

それにも拘らず第一審判決は、前記記載はいずれもさしたる意味を有するものではないとなし、原判決も天井関係の控訴趣意に対する判断として

市公社が福井市農協から「明里土地」を買い受けた後これを福井県開発公社に売り渡した独立の契約工事者であり、権利主体であつて、その行為を斡旋業務と目すべきものでないことは、第一審判決挙示の関係各証拠によつて認められる右売買契約の交渉経過及びその間に果した市公社の役割並びに関係当事者間に作成された売買契約書等の書類の記載内容等に徴すれば、所論にもかかわらず、優にこれを肯認することができる。

次に所論が強く訴える坪川提出の陳情書の趣旨と「追加一億円」との関連について検討するに、第一審で取調べられた関係各証拠によれば、同陳情書は、坪川均が福井市農協の他の理事らに相談したり意見を徴するようなことなく、独自の立場から当時の組合長山田等名義で福井市長宛に提出したもので(これに反し提出については役員間で合議した旨の寺岡一夫の第一審における供述は、信用できない。)、その提出に際しても福井市当局者に対しては口頭による趣旨の補足説明もせず、他理事らにおいて右提出の事実を認識していなかつたことは勿論坪川自身も、後の被告人天井から「追加一億円」が組合に支払われる手筈が整つた旨の説明を受けたときには、もはや陳情書提出の事実をも含め「明里土地」に関する追加金要求の件をほとんど失念してしまつていたと認められるのであつて、坪川の陳情書提出の真意が奈辺にあつたのかは、結局理解し難いというほかなく、右陳情書提出の時期や、右陳情書の内容が組合の本所会館建設費用のうち一億円の追加補助を要請するのみでなく高能率稲作団地育成事業費の補助等をも要望しているのに、後者については市当局内部で取り上げられた形跡が全くないこと、その他第一審判決の事実認定に沿う第一審承認栃川守夫の供述、坪川均及び被告人天井の検察官に対する各供述調書の記載(但し坪川の分は謄本)、更には、被告人天井において「追加一億円」が組合に支払われる運びとなつたことを相被告人柳沢義孝(以下、単に柳沢と略記する。)や坪川均に通知連絡したとき、これが坪川提出の陳情書の要望に応え、補助金に代るものとして支払われる土地代金の増額分であつて、これにより右一億円増額陳情書に対する処理は終わる旨を明らかにした形跡が認められないことなどを総合すれば、「追加一億円」支払いの経緯事情に関する第一審判決の事実認定も、強ち実態に沿わないものとして排斥できないものがあるというべきである。

もつとも、他面、もし坪川提出の陳情書にかかる本所会館建設費用のうち一億円の追加補助陳情が昭和四九年二月二七日締結の「明里土地」売買契約にかかる代金額の合意によつて完全に解決済みとなる運びであつたとするならば、被告人天井が、市公社側で既に右趣旨を十分了解していた同年二月五日の市長査定に、右陳情問題を上程するのはそれ自体不自然なことであるし、更に、上程された以上、右市長査定の場で右陳情問題は、確実に解決される予定であるとして直ちに全員が異議なく了解、確認する等、右の趣旨に沿うなんらかの措置が採られて然るべきであるのに、そのような形跡は全く認められず、これに対処する方針決定が必ずしも明確に定められなかつたこと、所論のとおり島田前市長から大武市長への市長事務引継書類中に、右陳情問題が懸案として残されていることを意味すると解される記載があること及び島田市長の後任者で市公社理事長をも兼ねる大武幸夫福井市長が、いかに就任後間もない時期であつたとはいえ、第一審判決判示のように被告人天井の説明の趣旨を全く理解しないままに一億円もの追加金の組合への支払を認めたという点には少からざる疑いを容れる余地があること等の事情を総合検討してみると、それが島田前市長の方針決定に従つたものかどうかは別として、被告人天井としては、坪川均提出の陳情書の名義が当時の福井市農協の組合長山田等となつていたことから、右一億円の追加補助陳情が組合の理事者ら全員の統一意思に基づいてなされたものと理解したうえ、右一億円獲得の要望に応えるべく努力し、結局補助金と言う名目ではないとしても、売買代金の追加増額という形で「追加一億円」の交付に成功したものと認める余地も多分にあるのであつて、しかりとすれば、被告人天井からなされた「追加一億円」の支払い経緯に関する組合理事らの事実認識の統一方を要求する第一審判決判示の電話依頼も、必ずしも同判決が説示するような証拠隠滅の意図に出たものとまでは認めがたいというべきである。

しかしながら、たとい「追加一億円」が坪川提出の陳情書の要望に応じて支払われたものであるとしても、関係各証拠によれば、本件において「明里土地」に関し福井市農協が市公社から得た金銭的利益はすべて売買代金以外の何物でもないことは、柳沢も被告人天井も十二分に認識していたことが明らかであるから、組合が右売買代金の一部をそれが帰属する事業年度の益金から殊更に除外して法人所得を減少せしめ、もつて法人税を逋脱するものであることを被告人天井においても認識しつつ、第一審判決の「罪となるべき事実」第三の一及び二に各判示したような支払調書の提出を故意に怠るなど、逋脱の事実を当局が発見することを困難にするような行為を実行すれば、それが法人税法違反幇助罪を構成することは勿論であるし、第一審判決の「罪となるべき事実」第一に判示したような所為を敢行すれば、それが公文書偽造罪を構成することもまた明らかであつて、「追加一億円」と坪川提出の陳情書との間の関連が所論のとおりであるとしても、そのことによつて第一審判決判示の「罪となるべき事実」第一及び第三の一、二の各罪の成立が否定されるものではないし、また、「追加一億円」が政治的加算金であるとする原判決の用語法は単に説明の便宜上使用されたものであつて、その当否はともかく、「追加一億円」が売買代金の追加払である性質を否定したものと解されないことは既に説示したとおりである。

と判示し、折角市長事務引継書の記載に関する第一審判決の不合理に触れながら、その真相を徹底解明しないまま補助金の性格を否定し、当初から売買代金であつたと認定して結論において第一審判決を支持している。

第一審判決は勿論、第二審判決も、本件の事実認定にあたり、昭和四九年二月二六日の被告組合理事会において、売買契約書と覚書との二本立文書が作成された時点において本件法人税逋脱の共謀が成立したものとの前提に立つ捜査基幹の見込調査によつて、供述の真偽について吟味することなく集められた供述証拠を基本としているのであるが、この点において重大な誤りを犯しているのである。

2.そこでまず、この顕著な点に触れてみる。

(一) 島田前市長は、前記被告組合の理事会が開かれた昭和四九年二月二六日及び二本立文書が作成された翌二七日よりも後の同年三月二四日急逝しているが、前記市長事務引継書中の「一億円」→「二億円」の記載及び「市補助と更に農協の土地買収の中で更に一億円即ち二億円を補助することになる」との記載は島田前市長の死亡後なされたものであることは何人も否定できないところであつて、右記載の時点以前において被告組合に対する補助金問題は一切打ち切られていたとすることは証拠を無視した独断的思考というほかはない。

そうだとすると前記二月二六日の理事会の時点において、土地売買の中での補助金一億円の交付問題は決して架空のものではなく、当時の常勤理事達は、将来市において補助金交付手続が正式になされることを期待し、これに対処できるような二本立ての書類を作成したものであつて、前記市長事務引継書の内容及び時間的先後関係からそのように考える以外にない。

本件捜査官は、本件土地売買契約書の書式において、被告組合と市公社が当事者となつていることから、市公社から組合にとつて非課税所得となるべき補助金が交付されることはあり得ず、従つて二本立て書類はとりも直さず法人税逋脱を目的で作成されたものであつて、この段階で法人税逋脱の共謀が成立したものであるとの前提を打建てこれに沿う関係者の供述を強要したものであつて、このことが真相を逃がす結果になつてしまつたことは前記のとおり明白である。

(二) 前記、昭和四九年二月二六日の被告組合役員会議事録の記載内容を素直に読めば、真相は自ずから理解できるところであるが、第一審判決も原判決もともに右役員会において法人税逋脱の共謀成立を動かせないものとしたうえで、他の事実をこれに符合せしめんとしているのであらゆるところに無理な判断が発生しているのである。

その顕著な例が前述の市長事務引継書との矛盾であり、また役員会当日、市議会議長の職務上、右役員会に遅参したことが明らかな被告人柳沢が当初から出席し、滝波理事の質問を聞いたり、非常勤役員であるのに自ら売買契約を早く締結すべきであると発言したという甚だしい誤認である。

(三) 更に原判決は、本件土地はいわゆる公拡法の規定により市公社が買収し、福井県土地開発公社(契約書には福井県代理人福井県土地開発公社と表示されているのを読み誤つている。)に売り渡した独立の契約当事者であり、権利主体であつて、その行為を斡旋業務と目すべきでないことは第一審判決挙示の関係各証拠によつて認められるとなし、右に拘らず本件土地の所有権移転登記が被告組合から市公社を経由することなく福井市に直接なされているのは(第一審判決は一旦市公社に登記したと誤つた認定をしている。)土地売買契約書第三条但書の規定によつた(公拡法によつて規定される市公社の性格及び同法二三条二項、同法施行令八条参照)ものにほかならず登記が右のようになされているからといつて市公社が買受けたものとの認定が左右されるものではない旨判示している。

しかしながら公拡法一〇条一項は、「地方公共団体は、地域の秩序ある整備を圖るため必要な公有地となるべき土地の取得及び造成その他の管理等を行わせるため、(中略)土地開発公社を設立することができる。」と規定しており本件においても市公社は自ら公有地を買収することもできるし、市の代理人として公有地を買収することも、できることは原審において天井が供述しているとおりである。

この点において原判決は、公拡法の規定の解釈を誤つているのである。

本件土地の買収について公社が当事者として買収をなしたということは、売買契約書、覚書における当事者の表示によつて認定し得るであろうが、市公社に所有権移転登記がなされず福井市になされている点は、市公社と福井市との間に別の売買契約が存在しないかぎり、原判決のいう土地売買契約書第三条但書によるだけでは説明がつかない。

本件において被告組合の関係者は右の規定によつて市公社は売買契約書の上では一応当事者となつているが、実質の買受人は福井市であつて、福井市が代金支払いの過程において補助金交付の手続をとつてくれるものと期待することについては何ら不自然不合理は見出せない。

福井市が被告組合から直接買収を原因とする所有権移転登記をしていることは厳然たる事実であつて、市公社が被告組合から買収したものを福井市が転得した場合いわゆる中間省略登記は認められるが、福井市が取得した事実もないのに右のような登記をしたときは、公正証書原本不実記載罪を構成することになり、地方公共団体たる福井市がかような違法行為をなすものとは到底考えられない。

弁護人が第一審以来強く主張しているのは、福井市に所有権移転登記をしたことの契約上の根拠の解明ではなくて、何故福井市に登記をしたのか換言すれば契約書第三条但書を何故設けなければならなかつたのかの解明であり、補助金の問題と関係なく、右約条が設けられることは考えられないからである。

そうだとすると、本件土地売買契約にあたつて、当事者は市公社であつて福井市は全く関係なく、勿論補助金の交付などの話もなく、売買代金を法人税逋脱の為土地売買契約書分と覚書分とに二分したというのは、一方的な解釈であり、これを押しつけたのが本件捜査官であると言わねばならない。

(四) いわゆる坪川提出の陳情書に記載されている一億円は、同陳情書が昭和四九年一月二三日、昭和四九年度予算案作成のための市長査定が行われる直前において、当時市議会議員で市の予算案編成手続、経過を知悉していた坪川によつて提出されていること、そのうえ四九年一月に入つてから明里の土地売買につき組合と公社との間で事務折渉が行われていたこと、昭和四八年二月市議会で議決された一億円(毎年一〇〇〇万円を一〇年間)の補助金に対して一億円の増額交付を指すものであると第一審判決が認定していること、(勿論第一審判決は陳情書の真意は増額要求にあつたのではなく、近々締結される二本立方式による契約締結に都合のよいよう側面から働きかけたと曲解している。)当時明里の土地を福井県へ売るときの売買代金は未定であつたことなどを綜合考察すると、当初の売買代金、三億七六五七万三、一九二円のうち一億円を補助金として交付されたい旨の陳情と解すべきである。

天井は大武市長と同様、福井市の吏員であつたもので、被告人柳沢が市議会議長、農協組合長の時期には、面従の姿勢をとり、被告人柳沢が市議会議員を辞任して市長選挙に立候補したときは大武候補との間において板挟みとなり、洞ヶ峠をきめこみ大武市長出現後は、直ちに同市長に接近し、吏員の弱さから同市長に対する手前被告人柳沢に対しては非協力的態度をとらざるを得なくなつたものである。

なるほど、昭和四九年度当初予算には、補助金一億円の支出は組まれていないが、市長事務引継事項に前記のような各記載が存することに鑑みると、島田市長としては新年度に入つてから何らかの形で(例えば補正予算など)農協との約束を履行しようと考えていたと推認するのが常識である。

市長査定時における島田天井間の言葉のやりとりの内容は、島田死亡後は天井の供述に頼るよりほかないが、その供述内容が物的証拠と背馳することは前に述べたとおりである。

そして農協に好意を持たない大武市長が、右の事務引継事項を黙殺しようとしたことは当然であり、(本件では大武市長から市長事務引継事項の処理について聴取がなされていない。)能吏である天井が大武市政下であえて補助金の追加予算について建言するような愚をとらず、売買代金として取扱うのが決裁を円滑に受け、かつ公社の事務量をふやす上に有効であつて天井は追加予算計上は不可能であつたと証言しているが、この証言は信用できるものではない。

もし、天井が証言するように追加予算計上が不可能ならば、昭和四九年度当初予算が確定している大武市長の就任時の市長事務引継書に前記のような補助金に関する事項を記載することは全く無意味なことになる。この点を関する天井証言は明らかに歪曲されており、右証言を根拠に被告組合の昭和四九年度の法人税につき、昭和五〇年二月二七日の確定申告時において、逋脱罪の既遂を認めた第一審判決を支持する原判決の事実誤認は明らかである。

以上のべたところによつて明らかなように、本件では島田市長の急逝、島田路線を踏襲しない大武市政の発足によつて被告組合常勤理事の補助金交付の期待は裏切られ、市長選挙において、大武市長を敵に廻し被告人柳沢を支持し惨敗を喫した農協幹部としては大武市長らに対し強硬な陳情はなし得ず、折りにふれ陳情をする傍ら、坪川らは役員会において本件については常勤役員が責任を負うと約束したことから万一補助金交付の目的が達せられないことを考慮し、天谷甚兵衛の知人の現職税務署の幹部とも接触し、租税特別措置法第六五条の七第一項所定の特定資産の買換えの場合(いわゆる代替資産)の課税の特例について教えを受けたりしていたのであつて、税法に素人の坪川が税法専門家でないと知らないと思われる右規定を知つていたのはかような経緯によるものであつて、原判決は坪川らがその責任を果たすため補助金陳情その他種々の努力を重ねていたことを全く取り上げていない。

3.さらに本件捜査の特質から各関係者の供述が証明力を欠く点について述べる。

(一) 坪川均が被告組合における実務上の最高の地位にあつた伴岩男参事に作成させた昭和四九年一月二三日付島田市長宛の陳情書に関する本件捜査は、歪められてしまつており、この捜査は厳正な批判を受けなければならない筈であるのに、その批判の材料が顕出されなかつたため、第一審判決も原判決も右捜査を是認するばかりでなく、これを非難する被告人・弁護人の主張をいわれないものとして排斥しているのである。

弁護人は夙に、当時の坂本副組合長・坪川専務・寺岡・前川等の各役員は、単に一介の田夫野人ではなく、福井市議会の議席を有する良識人であるのに、昭和四九年二月二六日の被告組合の役員会において法人税逋脱を企図していわゆる二本立文書について議決を得たとされているが、右事実に関する捜査段階における関係者の供述については常識的に考えて極めて不合理であるから、これらの供述は捜査官の意図を押しつけられたものとしか考えようがなかつたのである。

もともとこれらの人々は被告組合の利益のため非課税所得である補助金としての交付を受けようとしていたことは当然のことであつて、第一審において坂本副組合長が証言しているように、昭和四九年度末即ち昭和五〇年三月三一日までは市は補助金としての予算支出は可能であつたのである。

然るに原判決は、「坪川均が伴参事に作成させた陳情書は被告組合の他の理事らに相談したり意見を徴するようなことなく、独自の立場から当時の組合長山田等名義で福井市長宛に提出したもので(これに反し提出については、役員間で合議した旨の寺岡一夫の第一審における供述は信用できない。)その提出に際しては口頭による趣旨の補足説明もせず、他理事らにおいて右提出の事実を認識していなかつた。」「右陳情書提出の時期や、右陳情書の内容が組合の本所会館建設費用のうち一億円の追加補助を要請するのみでなく、高能率稲作団地育成事業費の補助等をも要望しているのに、後者については市当局内部で取り上げられた形跡はない」などと判示し、一審判示以上の独断に走つているのである。

(二) 右判示に疑問を持つた弁護人は、本件上告趣意書作成にあたり、被告組合を通じ福井地方検察庁検察官に対し押収にかかる補助金に関する書類一切の仮還付を求め検討しようとしたところ、不許可となつたのでやむなく閲覧謄写をさせた結果、昭和五一年一一月一三日付伴岩男の検察官倉田靖司に対する供述調書(請求番号三九)において示され同調書末尾にその写が綴じられている前記坪川提出の陳情書が、同地検昭和五一年領第四三七号符八九陳情書綴(福井市より任意提出されたものであるから、同市長の閲覧謄写同意書によつて閲覧した)中に綴られているほか、前記別添二の昭和四八年一月二〇日付、別添三の昭和四八年一一月二四日付陳情書を発見したのである。

そこで別添三の陳情書と坪川提出の陳情書を比較してみると、坪川提出の陳情書<1>の本所会館建設費の助成は昨年内示された一億円(一、〇〇〇万円宛一〇年間)の外に更に一億円の助成を求めて、本所会館建設に伴う補助金の増額要請について具体的金額を挙げて要請したもので両者は趣旨において全く変わりはなく、<2>の高能率稲作団地育成事業費約一億八千万円の三分の一の助成要請は別添三の陳情書の第二項前段の稲作近代化に伴う助成の要請に合致するものであつて、両者を比較考察すると、いずれも冒頭において福井市の昭和四九年度予算編成にあたつての補助金交付の陳情であり、坪川提出の陳情書は、昭和四九年度予算の市長査定をひかえて、既に前年一一月二四日提出された別添三の陳情書の趣旨を重ねて陳情したものに過ぎず、坪川が他の理事らに相談したり意見を徴することなく、独自の立場から提出したものであり、その提出につき役員間で合議した旨の寺岡一夫の証言は信用しないという原判決の判示は明らかに誤つていることになる。

(三) 前記伴岩男の検面調書は、坪川提出の陳情書を作成提出した経緯を立証しようとして取調請求がなされたものであるが、その内容は次のとおりである。

(1) 坪川が伴に作成を命じたとき、「住民感情や税金対策もあるんで契約書を一本件にしないで別に上乗せするんや。」と言つた。

右の税金対策の意味について、伴は土地代金(被告組合の取得価格相当)上乗せ分一億四千万円を税務署に申告せず税金逃れをするという意味であることはよくわかつた。

(2) 伴は、税金逃れが心配で「大丈夫ですか」と尋ねたら、坪川は「市長と話が出来ているのや、心配せんでもよい。」と断言した。

(3) 陳情書は、丁度高能率稲作団地育成事業についての補助金陳情の問題もあつたのでこれも盛り込んで原稿を作り、坪川に見てもらつてからタイプライターで浄書して坪川に渡した。

(4) この陳情書は、明里の土地代金の中、一億四千万円の上積み分を裏金とし処理し、若しあとでバレても旧地主に対しては本所建設の為の補助金として貰つたと弁解し、又税務署に対しても補助金であつたからと言つて弁解するための道具として坪川が伴に作らせたものである。

しかし、前記各証拠物に照らすと右の供述調書には次のような疑問がある。

(1) 検察官は伴に対し、何故坪川提出の陳情書だけでなく、同じ陳情書綴の中にある前記別添三の陳情書(昭和四八年一一月二四日付のもの)を示したうえで、供述を求めようとしなかつたのか。右別添三の陳情書には、検察官が付箋をつけてその存在と内容を確認しているのであるから、これを示しておれば、伴はその内容を見て、坪川から作成を命ぜられた陳情書が坪川独断によるものでないことを当然に思い出すことができた筈である。また、今回本上告趣意書作成にあたり、被告組合職員が、福井地方検察庁で謄写した同庁昭和五一年領第五九五号符第一〇四〇号「陳情書他」の袋入りの坪川提出の陳情書(別添四)には、その左端の方に、「陳情報告書秘書課提出済」との記載がなされ、前記領第四三七号符八九の陳情書綴中には右陳情報告書の写が編綴され、その原本は領第四三七号符一一二号にある旨の付箋がつけられている。そしてこの付箋は検察官によつてつけられたものと思われる。(別添五)

弁護人は、上告趣意書提出期限の前日にあたる昭和六〇年五月二八日、被告組合職員をして、再度福井市長の閲覧謄写同意書をもらつて、福井地方検察庁領第四三七号符一一二号陳情報告書の閲覧謄写をさせた。

その結果、その中には山際助役・島田市長の捺印のある陳情報告書原本(別添七)及び昭和四九年一二月一四日、被告組合の柴田常務・川上課長が陳情者となつている昭和五〇年度稲作近代化施設設置事業の採択陳情に関する陳情報告書原本(この陳情報告書には大武市長の捺印がある)(別添八)が編綴されていることを発見した。

右別添八の陳情報告書にいわゆる稲作近代化施設設置事業というのは、坪川提出の陳情書の高能率稲作団地育成事業を含むもので、原判決が十分な審理をしないで、坪川提出の陳情書第二項の高能率稲作団地育成事業費の補助について市当局内部で取り上げられた形跡がないと判示したのは証拠に基かないしかも誤つた独断である。

もし伴が検察官からこれらの記載部分を示されておれば、坪川の「市長と話ができているのや」というのは、補助金の増額についてある程度の了解をとりつけていること以外に説明できない筈である。

検察官は伴に対し、故意にこれらの記載のある書面を示さなかつたのではあるまいか。

(2) 坪川提出の陳情書が作成された昭和四九年一月二三日ころ、伴の検面調書に記載されているような契約書を一本にしないで別に上乗せするというような話を坪川がするところまで公社との交渉が進んでいたのであろうか。

(3) 伴が坪川から税務対策という話を聞いたとすれば、それは、税金逃れではなくて、補助金として交付を受けることによつて税金を納めないで済ませる対策をいうのでないのか。

(4) 坪川の陳情書が、伴が供述するように税務署に対しても、補助金であつたからと言つて弁解する為の道具として坪川が伴に作らせたというのであれば、前年一一月二四日付の前記別添三の陳情書も同じ趣旨のものと理解されなくてはならないことになる。

(5) 島田市長と山田等との間の念書により、前記別添一の三個所の基幹倉庫の建設につき、昭和四五年から昭和四七年までの間に補助金が交付され、それが非課税扱いとなつて固定資産の圧縮記帳がなされていることは、農協参事たる地位の伴岩男としては百も承知の筈である。

このような伴参事が、坪川の税金対策という言葉を脱税対策と解したという理由は全く理解できない。

以上のような各疑問を綜合すると結局本件捜査が、当初から脱税を企図していたものとの偏見と予断に始まり、これを税負担を免れたという結果的事実に結びつけようとして伴参事ら関係者に押しつけ歪んだ供述を蒐集したものと考えざるを得ない。

(四) 右のように歪められた伴の検面調書は、検察官が以後取調べる関係者に対する攻め道具として使われて行つたのである。

本件における法人税逋脱の共謀が、昭和四九年二月二六日の被告組合理事会の際に成立したというのが、検察官の主張であり、第一審判決及び第二審判決はこれに疑問を抱くことなく鵜呑みにしてしまつていることは前述のとおりである。

しかし弁護人は、第一審以来右の事実認定は常識的に考えて疑問のあることを指摘し続けて来たのである。

そしてその論拠の最大のものとして被告人柳沢が知る筈もなく、発言する筈もないことを知りかつ発言した旨の記載のある昭和五一年一一月一八日付検面調書の任意性欠如を表現するものとして細部に亘つてその矛盾点を指摘し、原審において作成者桐生検事の取調を求めたが、原審はその請求を却下した。

被告人柳沢の右検面自白調書は、前記伴参事の昭和五一年一一月一三日付検面調書の五日後に作成されたもので、被告人柳沢は、同月八日身柄を拘束されて以来被疑事実を否定していたところ、桐生検事の強迫的な取調によつて虚偽の自白をせざるを得なかつたのである。

弁護人が今回、かねて抱いていた疑問については、検察官が被告人柳沢の取調にあたつて攻め道具として使つた伴参事の前記検面調書が、前記別添三の陳情書を示されず、そのうえ、「陳情報告書秘書課提出済」の記載もれの坪川提出の陳情書を示して取り調べるという極めて不公平な方法が用いられた際に作成されたものであることを知るに及んで、右疑問はやはり常識はずれでなかつたことが確認できたのである。

(五) もし、別添三の陳情書や、「陳情報告書秘書課提出済」の記載のある坪川提出の陳情書写ならびに陳情報告書原本などが公判廷に顕出されておれば、伴参事や被告人柳沢の前記検面調書の評価も当然に違つてくるであろうし、原判決においても、「坪川均が伴参事に作成させた陳情書は、被告組合の他の理事らに相談したり意見を徴するようなことなく、独自の立場から当時の組合長山田等名義で福井市長宛に提出したもので(これに反し提出については役員間で合議した旨の寺岡一夫の第一審における供述は信用できない。)その提出に際しては口頭による趣旨の補足説明もせず、他理事らにおいて右提出の事実を認識していなかつた。」「右陳情書提出の時期や右陳情書の内容が組合の本所会館建設費用のうち一億円の追加補助を要請するのみでなく、高能率稲作団地育成事業費の補助等をも要望しているのに後者については市当局内部で取上げられた形跡はない」との前記判示はなされなかつたことは当然である。

この点において原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認に陥つているのである。

本件では捜査方法に対する適正な批判を抜きにしては事案の真相を把握することは不可能である。

弁護人は受任以来、本件の特質から、関係者の供述よりも、物的証拠を重点にして真相を把握すべきであることを訴えて来たが、その物証のうち重要なものが検察官の手許において握りつぶされていることは洵に遺憾なことである。

(六) 少なくとも客観的には、検察官の証拠隠しの結果となつている福井地方検察庁昭和五一年領第四三七号符第八九号「陳情書綴」・同符第一一二号「陳情報告書綴」及び領第五九五号符一〇四〇号「陳情書他」については、貴裁判所において取寄せ、これらに編綴されている前記別添三の陳情書の内容及び坪川提出の陳情書の記入事項並びに陳情報告書に島田市長市長の捺印がなされていることにつき直接原本によつて是非確認を賜りたい。

第二、控訴趣意書三について

一、原判決は、弁護人の控訴趣意中、趣意書三の

第一審判決判示の「明里土地」二本立て売買契約締結当時には、福井市農協が福井市から本所会館建設のための補助金の交付を受け得る見込が相当程度あつたことから、第一審判決判示「作り変え前の覚書」に掲記される金額部分については法人税が賦課されることはない旨言明した当時の常任理事の坂本秀之や坪川均ら自身にすら法人税逋脱の犯意がなかつたのであつて、ましてや前記組合の理事会において右坂本、坪川ら常任理事が「私達の責任において右非課税分の解決をする。」と確約したのを信用し、右覚書分については当然合法的な措置がとられることになると信じていた被告人柳沢に第一審判決判示第二の一の法人税逋脱罪の犯意を認めることは到底できないし、「明里土地」の登記に関し、いわゆる中間省略によると認められる資料がないのに、市公社が買主となつている同土地が福井市名義に所有権移転登記がなされている理由、不動産取得税の関係で「明里土地」売買契約の早期締結を望んだのはむしろ市公社側ではなかつたのかとの疑問、福井市にあつては、市公社の事務費との関係等による市及び市公社側の内部事情から真意を秘し、組合側に対し補助金として支払われるであろうとの期待を持たせるような言動をとり続けてきたのではないかとの疑惑、その他市公社内部における取扱文書の日付の記載、記入の仕方の杜撰、乱脈さ、はたまた組合の開発管財課長天谷甚兵衛が税務当局と相談し、「明里土地」代金の一部につき事業用資産の買い変えによる非課税措置をとつてもらうよう折衝した事実の存否等、以上の各事実の実態が明らかにされなければ、第一審判決判示第一及び第二の一各事実を認定することは極めて危険であり、むしろ右各事実を認定することには重大な疑問があり、従つて右諸点の解明もせずに右各事実を認定した第一審判決は審理不尽の結果事実を誤認したものといわざるを得ず、また、第一審判決判示第一の各公文書については、当時組合の常任の理事長となつていた被告人柳沢が島田博道の後任者である市公社理事長大武幸夫と交渉し、右両名の名義により、第一審判決判示のとおりの内容の「覚書」、「売買契約書」を全く新たに作成することも極めて容易にできたのであるから、同被告人が同判示の公文書偽造罪を実行したりする筈がなく、むしろ本件の公文書偽造行為は、右のような「覚書」、「売買契約書」の新規作成をすれば「明里土地」の不動産取得税等の予想外の負担増を招くことを恐れる市公社側の意向に基づいて、被告人柳沢の全く関知しないところで実行されたものと認めるのが相当であり、そのことは、本件偽造によつては組合側の法人所得は増加し、法人税逋脱目的に背馳さえすることや、第一審判決判示偽造文書の押捺に使用された組合理事長山田等名義の印は事務担当職員が勝手に使うことのできる銀行取引用のゴム印であることからも裏付けられるのに、前記のとおり狙い打ちの追及に会つて虚偽の事実を承認せざるをえなかつた被告人柳沢の検察官に対する各供述調書や自己の刑責を同被告人に転嫁するためその行為がすべて同被告人の指示に基づくものであるなどと供述する小寺傅の検察官に対する供述調書の記載等を信用して、判示第一及び第二の一の各事実を認定した第一審判決は、事実を誤認したもので、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

との主張に対し

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、「明里土地」についての第一審判決判示二本立て契約が締結されたころには、既に福井市農協の本所会館建設費として福井市から補助金が交付される見込の皆無に近かつたことやそのことを組合理事らが認識していたことは、所論にもかかわらず第一審判決挙示の証拠によつて十分認定することができるのであつて、もとより組合側では、坪川均が独断で山田等組合長名義の本所会館建設費補助金壱億円追加交付陳情書(その真意の極めて把握しにくいことは前示のとおり)を提出したほか、「追加壱億円」を含め受領した「明里土地」代金の一部を補助金に転換してもらうため、真剣に努力した形跡も認められないことからすれば、所論のように補助金の交付を受ける見込があり、それを信じていたという事実を前提として、被告人柳沢や前記坂本、坪川らに法人税逋脱の犯意のあつたことを否定することはできないし、「明里土地」の所有権移転登記が組合から福井市に直接なされている理由は前説示のとおりであつて、そこに所論のような疑問を抱く余地はなく、組合側としては可及的速やかに本所会館建設費を捻出する必要に迫られ、他方、同土地を取得する側の都合をも考慮して、契約締結を急いだ事情も合理的なことと認められ、福井市側で所論のように組合側に対し本所会館建設補助金交付に期待をもたせるような言動をとつていた形跡は認められず、組合側でも被告人柳沢を含む理事や幹部職員の間では、本所会館建設補助金が増額交付される見込のないことを十分認識していたことが明らかであるし、天谷甚兵衛が所論のような事業用資産の買い換えによる非課税措置を税務当局と折衝したような事情などは認められず、そのような経緯があつたかに述べる被告人柳沢の原審及び当審における各供述は、なんら確実な根拠に基づくことのない単なる憶測であつて、到底信用できず、その他、所論のいう市公社内における取扱文書の日付記入処理の乱脈さ等についての実態を詳細に解明しない限り第一審判決判示第一及び第二の一の各事実を認定することはできないとも直ちには言えないなど、第一審判決に所論のような審理不尽やそれに基づく事実誤認は認め基づくことのない単なる憶測であつて、到底信用できず、その他、所論のいう市公社内における取扱文書の日付記入処理の乱脈さ等についての実態を詳細に解明しない限り第一審判決判示第一及び第二の一の各事実を認定することはできないとも直ちには言えないなど、第一審判決に所論のような審理不尽やそれに基づく事実誤認は認められない。更に、所論のようなに被告人柳沢と島田博道の後任の大武幸夫市公社理事長との名義で新規に「売買契約書」及び「覚書」を作成し直すことは、大武理事長が売買契約をしたとする点において記載内容そのものが虚偽となるのみならず、その作成日付が既に完了した所有権移転登記手続の日時とくい違い、他の関係資料の内容と整合せず、税務当局の査察に備えるという契約書等の書換本来の目的に沿わないことになるとし、もとより市公社側から組合に対して第一審判決判示第一の有印公文書偽造の申出がなされたような事情は全く認められず、また同判示偽造有印公文書が銀行取引用ゴム印の押捺によつて作成されているからといつて、別段異とするに足りないし、その他、所論の縲説するところに従い、これらを仔細に検討し、あわせて当審における事実取り調べの結果を考慮に入れてみても、第一審判決の事実認定を左右するような事情は毫も認められない。

として弁護人の前記主張を排斥した。

二、 判決の右の判断には重大な事実の誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反するものである。

1.原判決は、本件土地売買契約が締結されたころには、既に農協の本所会館建設費として福井市から補助金が交付される見込の皆無に近かつたことは第一審判決挙示の証拠によつて十分認定できるという。しかしながらこの判断は、第一点で詳述したとおり、第一審判決が市長事務引継書の記載をさしたる意味を持たないと判示したのを、若干意味づけただけで、証拠の価値判断を誤り徹底した真相解明を避けて形式的表現のみをもつて結論を出したものに過ぎない。

むしろ契約当時においては、補助金が交付される見込が十分であつたことが証拠上明らかである。

また原判決は、福井市側で組合側に対し本所会館建設補助金交付に期待をもたせるような言動をとつていた形跡は認められないと判示しているが、島田市長死亡後の市長事務引継書に前記のような記載がなされていること及び原判決が右判断の資料としている各関係者の供述が、既に大武体制が確立し、補助金の追加予算につき何ら措置が講ぜられないまま経過した本件捜査の時点の供述であることに鑑みると原判決の右の判断は浅薄の誹りを免れない。

2.いわゆる事業用資産の買い換えによる非課税措置につき、坪川、天谷が税務署員と折渉したことは第一点で述べたとおり真実であつて、原判決が弁護人申請の証人坪川均を喚問してその真否を取調べることなく、いとも簡単にそのような事情は認められないとするのは審理不盡による事実誤認というべきである。

3.又原判決は、弁護人所論の柳沢と、島田理事長の後任の大武幸夫理事長との名義で新規に「売買契約書」及び「覚書」を作成し直すことは、大武理事長が売買契約をしたとする点において記載内容そのものが虚偽となるのみならずその作成日時が既に完了した所有権移転登記の内容と整合せず、税務当局の査察に備えるという契約書等の書換本来の目的に沿わないことになる旨判示するが、もともと被告人柳沢は右書換について決裁したことはないばかりでなく、弁護人の指摘する作成し直すというのは、もし被告人柳沢が決裁する場合ありとすれば、本来の文書をそのまま残し、改めてその後の事情変更があつた(登記未了の永田弥作所有地に関する和解費用等の発生)ことを表示したうえ、売買契約書記載の代金と覚書記載の代金を変更した大武・柳沢間の各書類を作ることを指すのであつて、このことは虚偽公文書を作成することにならないし、当初のものとこれらの書類を併せて保存すれば、他の関係資料の内容とも十分整合する筈である。

而して、右文書作成の時点において、もし被告組合が期待していた補助金交付は絶望であることが確定していたとしたら、当初の覚書作成経過を書面に明らかにしたうえ、全額を売買代金とした売買契約書一本を大武・柳沢間で作成することは極めて簡単であり、そのようにしておけば問題はなかつたのである。

かような措置は、「私達の責任においてやらせて頂く」と公言した当時の常勤役員が、他の者の手を煩わすことなく被告人柳沢に事情を説明したうえ、当然になすべきことであつて、被告組合の組合長として日々外部団体との交際、折渉等に追われ多忙な生活を送つていた被告人柳沢がすべてのことにつき自ら関知することは不可能である。

被告人柳沢は、昭和五一年七月一四日及び翌一五日の二回に亘り、小林警部の取調を受け売買契約書及び覚書の各有印公文書偽造の自白調書が二通作成されているが、これは警察署長から農協組合長としての責任者の立場から事件収拾のための妥協的な自白を慫慂され、これに応じたものであつて、右供述内容は決して真相ではなく、供述調書二通は小林警部が他の者の供述を参考にして作成しておき、七月一五日同時に右二通を被告人柳沢に示し、十分中身の検討もないまま、二通同時に署名捺印を求めたものであつて、同警部は捺印が不鮮明であつたため、さきの捺印の下の欄外にさらに柳沢の印を捺し直させたのであり、又その後被告人柳沢は検察官により逮捕されるに至り、軽率にも警察署長との妥協による虚偽自白をしてしまつたことを悔み、検察官には右自白を取消して(昭和五一年一一月二七日付検面調書第五項)真相を供述したのであつて、小林警部作成の供述調書二通捺印の状況並びに被告人柳沢の供述調書の内容の推移を検討することによつて容易に被告人柳沢の弁明の真実性を確認することができる。

本件各証拠の証明力を深く検討するためには、被告人柳沢の人間性と特異な親分的性格を知悉しなければならず、そうでなければ民事責任における自白と刑事責任の自白との区別をつけることができず、被告人柳沢に対して問うべからざる刑事責任を負わしめる結果となりかねない。

なお、本件で問擬されている公文書作成前において、福井県知事から島田公社理事長宛の依頼書が、同理事長死亡後日付を遡らせて作成されていることは、天井の供述によつて明らかであつて、市公社の事務担当者はかようなことを平気で行つており、本件公文書偽造も、市公社と農協の各事務担当者間で安易に行われたものと思われ、被告人柳沢は全くこれに関与したことはなく、警察の取調段階で初めて右公文書を見たと供述していることは十分に首肯できるところである。

第三、控訴趣意四について

一、原判決は、弁護人の控訴趣意中、趣意書四の1の

1.第一審判決判示の「争点に関する判断」のうち第三の一の1の共済雑収五九万三、〇〇〇円は、福井市農協自体が原判示の福井県共済連から支給されたものではなく、同共済連が組合の共済職員個人に対する接待交際費として支出したものであり、

2.同第三の一の2の購買手数料三四七万六、八七九円は、福井県から農業近代化資金制度に基づく利子補給を得させる目的で、組合において長年慣行的に実施されてきた経理方法による売上繰延分で、単に当期売上の一部を翌期に繰延べるだけでなく、前期からの繰延分を当期の売上に計上していたものであるから、法人税逋脱の犯意に基づく会計処理ではなく、

3.同第三の一の3の雑収入中、選挙運動の事後報酬としての清酒購入に使用された一〇〇万円については、被告人柳沢は全く認識を欠いていたから、右部分は犯則所得とは認められず、

4.同第三の一の4の固定資産処分益一億円についても、被告人柳沢のなんら関知しなかつたところであつて、法人税逋脱の犯意を認めるに由ないのに、第一審判決は前記主張のとおり同被告人が組合理事会に出席して法人税逋脱を図つた決議に加わり、また坪川陳情書の趣旨を曲解しひいて被告人柳沢に固定資産処分益一億円について法人税逋脱の犯意があつたと事実を誤認し、

5.同第三の一の5の育苗センター会計費用については、右費用の具体的処理をどうするかは組合の事務担当課長の権限に委ねられていたものであつて、組合長として部下の責任を一身に引き受けて負う覚悟で虚偽の自白をした被告人柳沢の検察官に対する供述調書を採証した第一審判決は、同被告人の犯意を誤り認めたものであり、

6.同第三の一の7の価格変動準備金繰入分について、第一審判決は青色申告承認取消益を当期の犯則所得になるものと解したが、青色申告承認の取消をするかどうかは所轄税務署長の裁量処分であることから、税務署長の裁量いかんにより全く同種、同質の過少行為を行つても、犯罪になる場合とならない場合とに分かれることになつて甚だしく不公平、不都合であり、右の点からも青色申告承認取消益は法人税逋脱罪の逋脱額の範囲から除外するのが相当であつて、第一審判決はこれを犯則所得とした点において法令の適用を誤つたものであり、以上の事実誤認、法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

との主張に対し、

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、第一審判決の挙示する関係各証拠によれば、同判決がその「争点に関する判断」の欄の第三の一の1ないし5及び7に詳細に認定、説示したところは、青色申告承認取消益も犯則所得になると解した点をも含めて、これを十分に肯認することができるのであつて、他にこれを覆えすに足りる証拠はなく、控訴趣意が主張する1ないし6に対する当裁判所の判断も右認定、説示をもつて足りるものと考える。

として前記各主張を排斥し、弁護人の控訴趣意中、趣意書四の

1.第一審判決判示の「争点に関する判断」の第三の二の1の共済雑収入の接待交際費、交際費限度超過額分については、組合の収入はなく、福井県共済連が組合の共済担当者に対する直接の接待、交際費として支出したものであるのに、第一審判決はこれを組合自身の収益と誤認してこれを益金に計上し、

2.同第三の二の2の購買品供給高についても、前事業年度分において主張したと同一の理由により、被告人柳沢の犯意は認められないのに、これを認定した第一審判決は事実を誤認したものであり、

3.同第三の二の3で認定された購買雑収入は、その振込通知が組合に到達したのが昭和五一年一月中頃で、そのころは既に昭和五〇年度分の決算は大体組み終り、その組替が面倒であつたので、組合の谷中企画管理課長と岡田経理課長とが協議の上、右金額を翌期の収益に計上することとし、これを小寺室長と伴参事とに報告したもので、被告人柳沢がこれを認識していたとは到底認められないから、右購買雑収入についてまで被告人柳沢の法人税逋脱の犯意を認めた第一審判決は、事実を誤認したものであり、

4.同第三の二の4で犯則所得と認定された販売雑収入分も、前記3と全く同一理由、経緯で翌期の収益に繰延べられたもので、これについてまでも被告人柳沢の法人税逋脱の犯意を認めた点において、第一審判決は事実を誤認し、

5.同第三の三の6で認定された価格変動準備金戻入等については、事業年度分において指摘したと同一の理由により、犯罪事実の範囲から除外すべきものであり、

6.同第三の二の7で認定された購買品供給原価は、福井県下の単位各農業協同組合において等しく採用している方法で売上の計上は福井県当局の認可の時点にするとの方針に基づいて経理処理したもので、現に第一審判決の認定したところによつても、昭和四九年度の売上計上漏れの原価(昭和四九年末の棚卸金額)を当期の益金とし、昭和五〇年末の棚卸金額を当期の損金とするとき、むしろ損金の額の方が多いのであつて、多年慣行的に採用し実施してきた経理処理によつた右の第一審判決判示金額について、被告人柳沢の法人税逋脱税の犯意を認めた同判決は事実を誤認したものであり、

7.同第三の二の8で認定された育苗会計費用は、育苗会計の特殊性にかんがみ、組合の伴参事、岡田経理課長及び川上営農課長の間で協議、処理され、被告人柳沢は具体的内容の報告を受けていないのであるから、右の処理については同被告人に法人税逋脱の犯意はない、

8.第一審判決は昭和五〇年度分事業税認定損を予備的訴因に従い一、五六〇万三、八四〇円と認定したが、組合では昭和五〇年度分の未納事業税として二、三六〇万三、八四〇円の決定を受けて納付済で、右決定は法定の更正期間を徒過したことにより変更することが不可能であるから、昭和五〇年度分の事業税認定損は右納入済金額によるべきであるのに、前記認定の金額によつた第一審判決は、法人税法三八条一項の規定の適用を誤つたものであり、以上の各事実誤認、法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことがあきらかである、

との主張に対し、

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、第一審判決が挙示する関係各証拠を総合すれば、同判決判示の「争点に関する判断」の欄の第三の二の1の共済雑収入、同2及び7の購買品供給高及び購買品供給原価、同3の購買雑収入、同4の販売雑収入、同6の原価変動準備金戻入等及び同8の育苗会計費用に関しそれぞれ原判決が極めて詳細に認定、説示するところは、すべて優にこれを肯認することができ、他に、これを左右するに足りる証拠はない。

なお、右7の購買品供給原価に関しては、たとい販売拡大方針等、法人税逋脱の目的以外の意図から、各年継続的に実施したにせよ、殊更に売上を翌期に繰延べ計上することが、法人の会計処理原則上からも、法人税法上も、到底認容できないものであることはいうまでもないのであるから、右手段によつて当期の法人所得を過少に計上した場合には法人税逋脱罪の刑責がその部分についても及ぶことは当然であり、また、過少申告による法人税逋脱罪は、当該法人税の納期の経過によつて既遂となり、犯罪はその時点で完了し、逋脱額も確定し、その後の修正申告等に際しての帰属年度に関する認識の誤りから、ひいて当該事業年度の損金として計上すべき事業税額を過大に算出してこれを納入したからといつて、右の過多誤納によつて右確定した逋脱金額に変動をきたすことはないと解するのが相当であり、結局、当該事業年度の年金として計上すべき事業税額は、地方税法七二条の二二第一号二号の特別法人に対する標準税率等、関係法規に従つて適正に算出された金額によるべきものであつて、第一審判決の判示した未納事業税認定損の額は右説示したところに従つて正当に算出した額によつているのであるから(なお、ちなみに付言すれば、組合は、昭和四九年度分及び昭和五〇年度分の法人税修正申告に際し、「明里土地」処分益は「追加一億円」をも含めすべて昭和四九年度分の法人所得を構成するものとの解釈をとつたため、昭和五〇年度に納入した地方税額が前掲地方税法の規定により算出されて、所論のとおり過大になつたことは認められるけれども、その半面、右「追加一億円」は昭和五〇年度の益金中に計上されず、同年度分の所得はその分だけ過少に算出されることとなつた結果、同所得額を基礎として算出され、翌昭和五一年度に納入された組合の事業税は、正当に算出、計上された場合の事業税額に比し、右「追加一億円」の所得の過少計上額に対応する分だけ過少に算出されている筈であり、結局、組合が納入した事業税額は昭和五〇年度分の過多納入額と昭和五一年度分の過少納入額とがほぼ見合つていることになる理である。)、此の点に関し第一審判決には判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りは認められない。

として右主張を排斥した。

二、しかしながら原判決の右の判断には、法令違反及び重大な事実誤認があつて破棄しなければ著しく正義に反するのみならず、憲法二九条一項、同三九条に違反する。

以下その理由を述べる。

1.共済雑収入・接待交際費・交際費限度超過額について、(第一審判決判示第三の一の1、第三の二の1)

第一審判決は共済雑収入は被告組合が福井県共済連から支給を受け、これを被告組合の接待交際費とした費消したものであるから、これを収入として計上すべきであるのにこれを除外しており、またその費消に関し、交際費限度超過額については損金として認容されない旨判示し、原判決はこれを支持している。

しかしながら、右金員は福井県共済連が組合の共済担当職員個人に対して共済事業推進のため支出しているもので、同共済連自身もその支払証憑としてこれら個人又は飲食店等の発行する領収証を徴していることは原審証人塚谷慶次の供述によつて明らかである。

又、被告組合においても、県共済連から支払の通知を受けてないなので収入を記帳していないだけでなく、損金となるべき支出の記帳もしていないのであるからこれらについて法人税逋脱の意思は全く存しない。

原判決の認定は明らかに誤つている。

2.購買手数料(第一審判決判示第三の一の2)購買品供給高(第一審判決判示第三の二の2)育苗会計費用(第一審判決判示第三の二の8)について

これらに関しては、被告組合が他の農協と同様の方法で永年にわたり慣行的に行い過去の税務調査において一度も是正の勧告を受けたことのない経理処理に基づくもので、本件調査によつて初めて売上の繰延べに該当すると指摘されたものである。

原判決は殊更に売上を翌期に繰延べ計上することが、法人の会計処理原則上からも、法人税法上も到底容認できないと判示するが、被告組合の担当者において殊更に売上を翌期に繰延べ計上したような事実はなく、永年にわたり一定の会計原則に則つて処理していたに過ぎないから、原判決が支持する第一審判決によつて購買品供給原価について引直しをしたときは、昭和四十九年度売上もれの原価七〇、五六六、六八一円が当期の益金となるに比し、昭和五〇年末たな卸金額は、右益金よりも多い七二、六〇六、二九〇円が当期の損金となるのであつて、このような事実に関しては法人税の逋脱そのものの成立が否定されるばかりか勿論法人税逋脱の犯意を認めることはできない。

ましてかような些末な現場における経理事務について組合長たる被告人柳沢が認識しているわけがないのである。

3.雑収入(第一審判決判示第三の一の3)育苗センター合計(同第三の一の5)購買雑収入(同第三の二の3)販売雑収入(同第三の二の4)育苗会計費用(同第三の二の8)について、

これら個々について被告人柳沢がすべてを認識知悉していたとなす第一審判決並びにこれを支持する原判決は、被告人柳沢が超能力者と見誤つたか、そうでなければ本件検察における異例の苛察に気づかずこれに引づられたというべきである。(被告人柳沢は本件で取調べを受けたとき、検察官より被告農協の組合長の辞任を強いられて、心ならずも辞任したものであり、又偽証教唆事件で勾留中、夜間刑務所において検察官より弁護人解任を強いられ異例の電報による解任手続きをとるなど通常考えられない処遇を受けて来ている。)

4.固定資産処分益一億円について(第一審判決判示第二の一の4)

この件につき被告人柳沢が共謀に加担していないことについては、第一点及び、第二点で詳述したとおり、原判決が事実を誤認していることは明らかである。

5.青色申告承認取消益について(第一審判決判示第三の一の7同第三の二の6)

青色申告承認取消益の価格変動準備金の繰入分をもつて、犯則所得とすることは、後日行われた税務署長の裁量処分たる青色申告承認取消処分の有無によつて犯則所得となるか否かの区別が発生するのであるから、第一審判決及びこれを支持する原判決は、実質上青色申告承認取消処分に刑罰法令の遡及効を認めたことになり憲法三九条に違反するものである。

6.昭和五〇年度分事業税認定損について

第一審判決は、固定資産譲渡益二億円につき、金額を昭和四九年度分の所得とする本位的訴因を認めず、昭和四九年度分、昭和五〇年度分各一億円を所持とする予備的訴因の追加を命じたうえ、これを認定した。

従つて未納事業税の年間計上額は、本位的訴因によれば、昭和四九年度分の所得二億円に関して昭和五〇年度の損金として計上されるが、予備的訴因に従えば、昭和四九年度分の所得一億円に関して昭和五〇年度分の損金として計上され、昭和五〇年度分の所得一億円に関して昭和五一年度分の損金として計上されることになるから、弁護人は、本件起訴対象期間である昭和五〇年度分の事業税が現実に昭和四九年における固定資産税譲渡益二億円として賦課徴収され、第一審公判終結の時点では、もはや予備的訴因に見合うよう昭和五〇年度分の更正処分を受けることは法律上不可能であること及び、同年度分の未納事業税額を現実に納付した額をもつて損金として認容される過多が、起訴対象年度における犯則所得が減少し、被告人柳沢及び被告組合に対する量刑上有利であるとの見解にもとづいて、昭和五〇年度分の未納事業税の損金を主張したのである。(この見解と同旨の京都地方裁判所判決があり、この判決は検察官の主張どおり認容したものである。)

原判決は、弁護人の主張の真意を完全には理解されていないようで「結局組合が納入した事業税額は昭和五〇年度分の過多納入額と昭和五一年度分の過少納入額とがほぼ見合つていることになる理である」として、起訴対象年度における犯則所得額への影響や被告組合が昭和五〇年分の過多納入額については一年間分の延滞金を余分に負担していることについては配慮が及んでいない。

なお原判決は、組合は、昭和四九年度分及び昭和五〇年度分の法人税修正申告に際し明里土地処分益は追加一億円をも含めてすべて昭和四九年度分の法人所得を構成するものとの解釈をとつたとして、恰も組合の自発的見解であるがごとく判示しているが、組合には右のような見解を理論づけるような税法に詳しい者は居らず、すべて検察官の指示によつて調査に当たつていた国税査察官から詳細の数字を教えられそのとおり修正申告をしたもので、況して追加一億円が昭和五〇年度分の収入と認定されるようになつた経緯は、第一審において当弁護人が昭和四九年末現在において市公社理事会の議決を経ずかつ現実の支払もなされていないからこれを昭和四九年度分の収入に加えることは法律上疑義があることを主張したため、裁判所が検察官に対し予備的訴因を追加を命ずるに至つたものである。

右のような事情によつても、被告組合の昭和四九年度分の土地売買益を一括して二億円となし、これにつき、法人税を逋脱した旨の関係者の捜査段階における各供述は、すべて捜査官の押しつけによるものであることが明白であり、本件捜査の特質の一端を表現するものであつて、捜査段階におけるあらゆる供述を鵜呑みにできないことを物語つているものと言わねばならない。

7.以上述べたところにより、原判決は被告組合において、法人税を負担すべきいわれがない事実についてその義務あるものとなし、また被告人柳沢において犯意が認められない事実についてこれを認めたうえ、これを被告組合の業務に関する法人税逋脱と断じ、被告組合に対し不当の罰金刑を科したものであって、このことは被告組合の財産権を侵害するものであるから憲法二九条一項に違反するものである。

以上の諸事情により原判決を破棄し、本件を名古屋高等裁判所金沢支部へ差戻し、さらに審理を盡くさせるべきが相当と思料し本件上告に及んだ次第である。

昭和六〇年(あ)第四九四号

○上告趣意書

天井定美

公文書偽造法人税違反幇助被告事件

右事件に付き上告理由を左の通り開陳する。

上告理由開陳に先ち本件の生起した経過並に何故に被告人が連座の判決を受けたのかを上申する。

一、本件は捜査当局が福井市農業協同組合(以下市農協と略称する)と福井県との間に深い癒着関係があるとの疑をもつて捜査を始めた処、市農協に脱税の事実がありその最も重なるものは福井市公社へ売渡した本件明里の土地に付き売買契約書と覚書と二通になつていて売買契約書の分のみ法人税を納付することとし、覚書分は逋脱していた経過があつた事実をつきとめこれには福井市或いは福井市公社が関係しているとして福井市及び公社を取調べるに至つたものである。

二、処が、右当初の売買契約書と覚書(二者を以下単に第一次契約書と略称する)は市長決済まですんでいるので直ちに右の契約書と覚書の二通にしたという一事によつて市公社職員を有罪とするわけには行かないが、本件で問題になつている後藤課長作成の売買契約書と覚書(以下単に第二次契約書と言う)については、中身は覚書の一億四千万円を一億とし売買契約証は約二億四千万円であつたものを二億八千万円に書替えてあるだけであるが、同書面ができた当時島田市長は死亡しておりながら公社、理事長故島田市長のゴム印及び印鑑が使用してある。而も全然決済が経ていないので第二次の契約書は明に偽造であると認定された。

三、そこで捜査当局は第一次の契約書の作成の最高事務責任者である上田三良市公社事務局長を取調べた処、同人は「自分は天井財政部長に指示を仰いであるので責任はないという」。又何故二通にしたかと言えば、市農協が旧地主から買入れた値段を売買契約書、その余の利益分は覚書として第一次の契約書が作成されたと言うが、そうすると第一次の契約書は天井被告人が関与しているけれども公式に市長まで決済されていて正当に作成されたものであるから直ちに天井一人の責任を問うわけには行かない。

四、処が上田の後任岡藤局長と後藤課長から天谷農協の課長の三名が前陳の如く覚書と契約書の数字の訂正(四千万円の入替え)して欲しい旨求めて来た際に当時財政部長であつた天井の処へ右三名が相談に行き、天井は「できるならしてやれ」と云うたと云うので第二次の契約書は市長以下何人の決済もない書類であり、而も既に死亡された故島田市長の名義を使用してあることから明に公文書偽造と捜査当局は判断した。

それにしても第二次の契約書は天井が「できるならしてやれ」と云うただけで書類の書替或いは訂正の指示をしたとまでは認められず、且つ第一次の契約書通り上司の決済を受けることが必要であるがこれを省略してもよい旨の指示もしていない。そうすると直ちに天井被告人の責任を問うことはできない。

五、そこで考えたのが第一次契約書の作成は天井が故島田市長等上司を騙して決済を受けたもの、即ち契約書と覚書の二本立は全然出来ないことを上田局長と共謀して上司を騙して作成させたものであると認定し、従つて第二次の契約書も同様の方法により作成に賛同したものである。そうすれば天井中心の偽造文書が成立するわけである。

六、右筋書は出来たがこれを直ちに裏付ける方法がないので天井を勾留し次で上田局長(当時局長の地位は岡藤が承継しているが)を逮捕して天井と共謀して市農協の脱税の企図に応じた旨を自白させ、(上田には上司の命に従つたと供述すれば上田は勘弁してやるという趣旨の暗示又は諒解を与え)その上田の自白調書ができると上田を釈放したのである。

七、以上要約すると第二次の契約書が何故後藤課長の手によつて作成され、市農協に手交されたかを探り、その間に天井が関与しているとみてそれでも後藤一人の手で作成され市公社としては内部的には他に関係者がないこと第二次の契約書は第一次契約書のつづきとみれば第一次の契約書自体が不備なものでなければならない。これを明にするには天井が故島田市長等を騙して稟議に応じさせたとし、第二次の契約書はその継続的存在とすることに漸く捜査当局はこぎつけたのである。

八、右の如く本件をみれば、原判決並に第一審判決の趣旨が首肯できるものである。私は当初上田三良局長の弁護人でもあつたので右の事情は熟知しているが、弁護人として職務上知つた事実であるから上記以上の内容について上申することは刑事訴訟法第一四九条弁護士法第二二条の法意趣旨に則り差し控えさせて頂く。

九、被告人が第一審並に原審判決において市農協の脱税幇助罪にあたる旨の有責認定を受けたのは当初上田が局長当時市農協から前陳の二本立の依頼を受けこれを諒承するに付き、被告人と協議し被告人が上田に諒承の指示を与えたからというのであるが、真実市農協の脱税に福井市及び公社はこれを納得して受け入れる事由は聊もないのである。前記上田の供述を検討されるならば、思い半ばにすぎるものがあると確信する。

十、本件の右事情を踏まえて全体を通じて御賢察を願い度い。

原判決は弁護人の各控訴趣旨に対する原裁判所の判断を示すに先ち、理解の便宜上原判決(第一審判決を指す)が極めて詳細にわたり認定説示している。而して本件各事実とこれに関連する経緯事情を原判決はその概要を判断するに必要な限度で適記すると表示して、おおよそ以下のとおりである旨冒頭に説示しているが、これを順を追つて適記すると余りに長文である。そこで弁護人はその要点のみ適記して前陳弁護人の申立と併せて御覧賜れば何れが核心にふれているか自ら明となり公正な御判断に資することとする。

1.本件明里の土地を旧地主から買収したが手狭なことから昭和四八年六月頃他に用地を求め本件明里の土地を福井市公社に売却することとなつた。

2.そこで市農協は旧地主から買れ入た価格に一億円を上積みした価格を希望し当時の市公社上田三良事務局長に要望し、九、〇〇〇万円を上積みした売買代金で合意に達した。

3.ところが、市農協の理事の中に右上積した価格全部を現所有者等に公表することが好ましくないので、右転売利益を法人益金に計上せず、併せて同益金に対する法人税を逋脱することを企図し、そのために売買契約書と覚書の二本立にし売買契約書には旧地主から買入れた価格のみを計上し覚書に掲記する利益金は所得から除外することを市農協の理事会に提案し、その旨決議し、その趣旨に沿う市公社と交渉し二本立書類の作成をするよう市農協の天谷甚兵衛課長に指示した。

4.かくして天谷課長は右趣旨を含んで上田局長と交渉し、売買契約書は二億三、六五七万円(二億四千万円と略称する)覚書一億四千万円ということにして福井市長(島田)と市農協組合長山田等の間に二本立の書類が作成された。(前記弁護人の言う第一次契約書である)

5.一方市農協と福井市長島田の間には農協会館建設費の三分の一を補助する旨の覚書ができており、農協理事坪川均は昭和四九年一月二三日既に右会館資金として一億円の補助を受け(尤も一年一千万円宛十年払)ておる。これと別に更に一億円の補助を欲しい旨の陳情書を同月二四日附福井市長に提出した。(農林部経由)

尤もかかる補助金はもらえないことを坪川は承知の上で前に希望した二本立て契約書覚書に符合するよう求めるための陳情書であつた。

6.昭和四九年二月五日島田市長査定の際、農林部関係予算案に関する取扱上一応論議されたが、前記二本立になつている第一次売買契約書と覚書によつて既に処理済となつていると考えていた天井から右陳情の分は第一次契約書によつて処理済である旨説明したので島田市長は「天井の説明の趣旨を理解できないまま右予算査定において陳情書の陳情の趣旨は否定された。

昭和四九年三月二四日島田市長は死亡したのである。尚島田市長死亡後市長事務引継書或いは坪川陳情書に対する措置が懸案となつて残つているように解される資料もあるが何れも無意味である。

只前記第一次契約書は昭和四九年二月二七日締結されていることは原判決はこの部分で確認している。

7.昭和四九年三月一日市農協の組合長に就任した柳沢は前記建設資金の三分の一を補助する約束があり、代金も低価にすぎるので代金の増額方を要請したが市としては自ら使用せず、県へ譲渡し県で買取つてもらうことになつていた売買代金を一億円増額し、右柳沢の申出に対応し県は売買代金を一億追加したのである。

右追加一億円は「正体不明の政治的加算金」とも言うべきものであるがその支払いが五〇年二月一日であるから昭和五〇年度分所得に帰属すると解するのが相当である。

8.市農協は昭和四九年度決算事務処理中転売代金では六〇〇万円の処分損を計上しなければならない関係が判明した。そこで

イ 本件明里の土地に付き処分損を計上すれば旧地主に対し理由説明に困る。

ロ 地価騰勢にある折柄、税務当局から不審に思われて追及される虞がある。

右理由から第一次契約書覚書の一億四千万円を一億と、売買契約書の二億四千万円(正確には二億三千六百五十七万円)右四千万円を転記させ三億八千万円とする数字の書替を天谷課長を通じて市公社職員と交渉させ

9.昭和五〇年一月二五日右天谷課長は市公社の上田局長の後任岡藤局長と後藤課長に依頼し、右天谷、岡藤、後藤の三名は天井を訪れ、右第一次契約書の数字の書換えを依頼し天井はこれを諒承し有印公文書の偽造並に法人税法違反の幇助の各所為を実行したものである。

10.柳沢は明里の土地の転売益を夫々除外して法人税を逋脱した。

というのである。

右弁護人の主張の概要と原判決の説示とを対比して本件の上告理由の当否の御判断を乞うものである。

上告理由

第一点

一、原判決はその理由第二の五(二七丁の裏)において五、当弁護人の控訴趣意に対し、第一点及び第四点のうち福井市、市公社の組織内部統制及び業務内容並に「明里土地」に関連して市公社から福井市農協に支払われた金円がすべて土地代金であつた事実からみて、被告人天井が原判示(第一審を指す)第一及び第三の一、二の各犯罪を実行することなどはあり得る筈がなく、この点の原判決の事実誤認を主張する部分について論旨は要するに「明里土地」に関し市公社か福井市農協に支払われた金円はすべて土地代金の性質を有し、また現に市公社内部においても右事実に即し、すべて土地の売買代金の支払として会計処理されているが、右のように正規の会計処理をしたのでは組合側においてその一部を補助金の交付を受けたように仮装して法人税逋脱をしようとしても容易に且つ確実に捕捉されてしまうことは火をみるよりも明であるから(以下要旨のみ摘記する)もし被告人天井が法人税逋脱を幇助する意図であれば、その部分を支払金のうち仮装隠蔽する筈であるのにそれをしなかつたのは犯意のなかつた証左である。

又、福井市長が市公社の理事長を兼ねており、二名の監事がおかれて監査業務に当り、常勤理事も置かれている。市公社の内部統制組織及び福井市には右業務内容に付き監査委員が三名もおかれていて毎月必ず監査をしている。この福井市の内部統制機構にそれぞれ徴すれば最高管理者である福井市長兼市公社理事長の認識認容なしに被告人天井がその責任において本件犯罪を実行し得る筈もない。

仮に本件犯罪が行われたとすれば、故島田市長、同承継人現大武市長の責任である。それを被告人天井一人の犯した犯行と断定した原判決には事実誤認の違法がある。当弁護人の控訴趣意を左の理由を附加して原判決は一蹴したのである。

判示は左の通りである。(要約して記載する)

所論にかんがみ、明里の土地に関し市公社から市農協に支払われた金円が市公社の会計処理上すべて土地買受け代金として支払われた事実があつても、それだからと言つて事実が露見するかも知れないことに考え及ばなかつた被告人天井が市農協の依頼に応じ、「明里土地」買受代金を書面上二分割して、その一部である覚書分を税務当局に秘匿することに協力し、後にその金額を書き直して偽造し、更にその支払事実を税務当局に通知しないように指示すること等により市農協の法人税逋脱の行為を容易ならしめて、その犯行を幇助することがあり得ないなどとはいえないことは多言を要しない旨判示し、また所論のように市公社の内部統制組織がかなり整備されていたであろうことも推認できないわけではないが、そのような事情が被告人の犯行事実を直ちに否定するものでないことは、これまた当然のことであり、更に、たとえ所論の故島田市長、又大武市長が逋脱の事実を認識認容し、したがつて同人等に当罰行為があつても被告人の犯行成立を否定するものでないから、被告人の本件犯行にたいする判示は事実誤認の違法になく、即ち被告人天井の刑責を左右するものでないから控訴趣意は理由がないとしている。

二、右判決の理由を要約し前陳の当弁護人の前文に記載する事情を対比すれば左の如くなる。

(1) 右原判決の説示を更に要約すれば

イ 土地代金を二分し、一を売買契約書とし一分を覚書とした上、覚書の部分を秘匿し税務当局に通知しないように指示しても、よもや事実が露見するかも知れないことに天井被告人は考えおよばなかつた。(原判決の説示)

ロ 市並に市公社の組織機構上、如何に整備されていても市農協の法人税逋脱行為を容易ならしめて、その犯行を幇助することもあり得ることは多言を要しない。

ハ 組織が如何に整備されていても天井の犯行を直ちに否定するものでない。

ニ 市長助役等に当罰行為があつたとしても、天井の刑事責任の存在を左右するものでない。

ということに帰する。

(2) 原判決は前掲の如く、市並に市公社の機構組織が完備していても天井の犯行はなし得ない旨の主張に対し、天井はよもや露見することはあるまいと安易に考えた。(原判決の二六丁裏から二七丁表につづく)事の重大性に思いを致さなかつたのであると認定している。

申し上げるまでもなく一日でも簿記を学んだ者であれば土地代金は二分しようと何れも土地代金で、その分割により金円の性質が代わるものでない、又、市公社が土地代金として市農協に交付したものが補助金に一変する理由もない。

まして総勘定元帳又は貸借対照表上市公社から土地代金として支払つたものを一部補助金勘定に書換える方法はない。また、市は議会の決議により補助金を支払うことはできるが、市公社から補助金を出金できないことも既に明な処である。

そうすると、市農協が土地代金として仮に二分して受け入れてもその一分を補助金勘定に入れることはできないし、又市公社から補助金を受け入れることができないことは前段説明の通りであるから左様な取扱いはできないことも明白である。

そうすると、二分した一部は土地代金とし一部分は全然表面に出さない取扱をしなければならない。

(3) かような事情を綜合すると原判決の如く数理に明るい天井が市農協のことであつても総勘定元帳を考えず貸借対照表に表示されない裏金を作つて税務署に露見しないであろうと考えたことはあり得ない処である。

又、市公社に関する限り二分しても何れも土地代として支払つており、市農協も左様に受け入れることになつておる。只、書面を二本立にしたことに付き上田局長が天井に指示を仰いだ旨を述べているので、原判決はこれを唯一の手がかりとして、市公社の機構を無視し市農協の脱税幇助をするために二本立にした旨判示しているが不当も甚だしい。

蓋し、二本立にするためには原審証人山田正邦が起案し、課長、局長、常務理事を経て財政部に至り同部の主査、課長を経て天井部長の決裁、次で助役、市長の決裁を仰いでいるのである。

この正式の手順と決裁を経た前陳第一次の契約書を市長を騙して作成したように認定しようとしている原判決は「事実上の最高管理者である被告人天井の指示を仰ぐなどというのは甚だしく不自然なことであると解せられ」といいながら、綜合して上田の供述は措信できると、被告人が二本立を指示したものと認定しているのである(二七丁裏から二八丁につづく)

(4) 何故原判決がかかる誤解をするに至つたかを考察の要がある。

第一次の契約書の起案者山田から故島田市長に至るまで何の不審も抱かず、又異議も出ないまま決裁を受けている書類を、若し正式文書でなく天井の作意があつたと認定すると第二次の契約書(偽造文書)の責任を被告人天井に帰責するに著しい困難を生ずることから、第一審判決の如く第一次の契約書が天井に騙されて市長以下全員が決裁したということにならないと本件では天井に刑事責任を問うことが困難になるからである。

而して、この推論は単なる推論でない。原判決の認めているように市公社の機構組織が如何に完備していても天井がよもや露見することはあるまいと考えていたことを挙げているがそれは市農協側へ書類が渡つてからの原判決の推量であると見る外なく、公社内部においては原審山田証人が供述するように上司の指示に従つて起案したものである。

加之、従来も土地の値上り、或は一円の土地の内、一部が売ることも賃貸することにも反対するために、やむなく当該土地に付き二本立にしても高く買い入れる外やむを得なかつた場合が多々あつたのである。従つて公社内部においては騙す必要もなく、又騙した事実もない。市公社から出るまでは土地代金であつたのである。

因に、市農協に渡つてからの露見の問題については、前記の如く簿記に心得のある者ならば本件の如く脱税しようとしてもできないことが極めて明白である。それは当初公社から覚書に記載する上で代金の一部を受取らないようにすれば格別、如何なる名目でも受け入れた金の性質、受け入れの相手方は明確にしなければ総勘定元帳の整理ができないからである。

天井が本来経済学校出身で、長く会社に勤めて、中途、亡坪川市長時代に乞われて市役所に奉職したことを思えば、この間の事情は自ら明となるものである。

尚、受け入れた金を受け入れないように秘匿するには現金をかくす外ないのである。そうすれば現金勘定で喰違が出てくるのである。

(5) かかる事実関係を御覧賜れば(1)のイは天井が考え及ばなかつたと認定することは無理であり、天井の能力を否定することになりロ組織機構が整備されておれば逋脱を容易ならしめる幇助など全く考えられないものであることも自ら明である。

ハのかかる組織の下では天井の犯行は直ちに否認できないとする原判決は誤認も甚だしい。若し天井が前記の如く市公社の山田起案者以上全員を騙したとするには、財政部の主査、課長をも騙さねばならないが、左様なことは全く考えられない。組織の中で原判決の認定のように事を運べば将来天井は下僚に頭が上がらない弱点を握られることとなり、最早組織外に放逐される外はないであろう。本件の如く整備された組織内においては天井は犯行を犯す余地はないのである。

ニの分については多言を要しない。最高責任者が決裁をした以上良かれ悪しかれ最高責任者の責任で下僚は市長を扶けて誤りを犯させないように努力するのが当然であるというに過ぎない。

(6) 最後に申し上げておき度いことは下記の通りである。

市農協としては二本立にしたのは既に原判決も認めておるように、旧地主に対して買い上げた土地に会館も建てず土地代金の値上がり分を含めて会館の建設資金に充てたのでは他の土地を売らない地主との間に公平を欠くために売買契約書と値上がり分を別々に書いて欲しくて上田局長に依頼したようである。

上田局長も法人税を逋脱するために二本立にして欲しいと言えばその求めに応じなかつたことは多言を要しないことである。上田でなくても何人も左様な罪となる実行行為を引き受ける筈がないのであるからである。捜査当局は二本立の結果をみて上田局長を責めて本件の捜査記録ができたとみるのが相当であると思料する。

天井は勿論、その他何人も市公社の者は厘毛も金品を受けておらず、饗応も受けていないのに当然発見されることが明な二本立に応ずるわけがないのである。犯罪を犯す動機も目的もないのである。

三、因に法人税逋脱の他の事案をみるに、多くは土地購入代金を水増しして多額とし、或いは建築の際不必要な設計書を作らせて工事代金を水増しする等の事案が多い。本件においても二本立のようなまづいことをしないで(総勘定元帳、貸借対照表によつて一目してわかるようなことをしないで)建築工事費或は土盛費等で考えれば雑作なく一億二億の脱税はできた筈である。

嘗て、福井市が協同住宅建設の場合に設計書では縦横の鉄筋を結束するのに、各縦横の交る度び毎に結束する設計になつているのに現場から取寄せた写真によれば一本飛びになつていたのを発見し市の係員に釈明を求めた処、建設省の指示は右一本飛びでも差支えないことになつているので業者がなすままに委せておいたというのである。そこで私は監査委員として建設省が一本飛びでも支重力に差支えなく、又構造学上も支障がないと言うことであればそれでよいが問題は予算との関係である。従つて何十屯かの鉄筋代金を削減して業者に支払うよう係員に勧告したことがある。

この一例でもおわかりのように原裁判所が認定するように組織機構の中ではそう簡単に稟議がとれたり監査が通るものでもない。どこかでひつかかつて是正されるものである。そうすると上田と天井が仮に共謀しても他の職員の目をごまかし監査委員の目を逃れることはできないのである。

四、要は、上田局長が何故天井に相談したか審らかでないが、二本立にすることの理由が明確でない限り、(旧地主に対する関係前陣の通りの配慮)そう簡単に第一次の契約書はできるものではない。少なくとも財政部の主査の処で訂正されよう。直言すれば市或いは市公社においては少なくとも不審な書類は稟議を受けられず、一方稟議がすめば市内部においては全員諒承の書類とみてよいのである。

この書類が(本件では第一次の契約書)市農協に渡つてから何に使用されようとこれは市公社としてあづかり知らぬ処であるが、福井市公社から土地代金として一枚の小切手(金券といつている)で渡されたものを市農協がその一部を秘匿すれば貸借対照表、又総勘定元帳の上で明に不正が露呈するので税務当局をごまかすことはできないのである。

本件において最も注目して頂きたいことは書類を二本立にしても土地代として一括一枚の金券小切手で支払われていることである。

五、以上要約すると

原判決は天井がまさか露見しないと考えていたと原判決は推量されているがこれは単なる推量にすぎない。天井はそれほど数字や簿記にうとくない。

又、第一次の契約書の作成につき天井が市長以下各係をだましたのでない。第一次の契約書は市長の稟議を経て決裁された段階において天井以下全職員の責任は解除されたのである。

天井が市長以下各職員をだましたのでないことは既に述べた処により御理解頂いたと確信する。

そうすると後藤課長が作つた第二次の契約書は「天井はできるならしてやれ」と言つただけで特別の指示もしなければ稟議省略或いは亡島田市長印使用等不法に書面を作成することを指示した事実もないので、天井は勿論、岡藤局長にも責任がない。そうすれば之に反する認定をした原判決には重大な事実の誤認があり、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明であるから原判決は破毀さるべきであり無罪の御判決を賜るべきものである。

六、念のため申し上げておき度いことは

イ 原判決は市公社内部における第一次に売買契約書と覚書の二本立にしたことが直ちに市農協の法人税逋脱を幇助したもの

ロ 右の行為はよもや露見しまいと天井は考えていたと認定されているが前記イ法人税逋脱に第一次の文書が役立つためには市農協が右二本立の金円を別々に、別々の名目で受け取らない限り土地代金は土地代として計上され総勘定元帳に一科目として登載されねばならず、若しそう登載すれば一目して税務署は直ちに不正を発見するであろうし、仮に売買契約書の金額のみ土地代として計上し覚書の金額を補助金とすれば市公社から補助金が入るわけがないのでこの場合も直ちに発見される。

仮に覚書の金額を全く受け入れない形式をとればその部分では不正が発見されないが現金残高で不正が発見される。従つて全く理由のない金円が存在することになる。若し柳沢に後に考えたように別段預金勘定で受け入れてあれば、税務署は別段預金、仮払金は最も注意している処であるからこれも直ちに発見するであろう。従つて土地代金が二回三回に分割して支払われても市公社から市農協に支払つた痕跡がある限り露見しないことは絶対にないのである。

天井はこのことを「まさか露見しないだろう」と考えていたと判断されることは余りにも誤解が甚だしい。又、原判決は「安易に考えて気を許したためか事の重大性に思いをいたすことなく」(二七丁表三行)安易に考えたように判示されていることは市、或いは、市公社の組織機構はどこかで不正不当は発見されるという前提をお忘れになつたものと推考される。

従つて右事情を熟知し、簿記に精通している被告人天井が右事情を忘れている筈はなく、そんなことでは市の財政部長の要職はつとまるものでないことを繰り返し上申しておく次第である。

昭和六〇年六月 日

右弁護人 大橋茹

最高裁判所第二小法廷 御中

昭和六〇年(あ)第四九四号

○追加上告理由

被告人 天井定美

有印公文書偽造法人税法違反幇助被告事件

右事件に付き上告理由を追加開陳する。

第二点

一、原判決はその理由(原判決三四丁裏四行目以下)において被告人天井は天谷が岡藤局長、後藤課長と共に来た時「単に漠然たる明言を求めるためではないこと位は分かつていたと思われるのに、これに対してそれが可能なことかどうかと考えて可能なことであるならば市公社内部の職制機構に従い稟議決裁の手続きをとつたらよいなどと、これまた依頼に対する応答としてほとんど意味をなさないことを単なる助言として岡藤らに述べただけであるとは到底考えられないところである」と認定している。

二、しかし、第一点において市公社の機構並に組織を既に詳陳してあるように一旦稟議を経た書類を訂正又は書替える場合に稟議省略などは到底考えられないので天井が「できるならしてやれ」と簡単に返事をしている意味は、天井は勿論これを聞いた岡藤局長、後藤課長においても組織の中を各一人であるから決して無意味な言葉と解せず、又、稟議決裁省略をしてもよいとはうけとらず、後日に至り金額の訂正をすること自体可成困難であるから「できるかどうか考えて」の趣旨を含んで「できるならしてやれ」と述べたと聞き、又受取つたのであると見るのが相当である。そこで果して四千万円の訂正が許されるか、或いは稟議決裁までこぎつけることができるかどうか迷つた後藤課長は部下に起案をさせることを避け、而も前に起案した山田にも相談することはなく秘に自ら偽造文書を作成し、一方のみ天谷に渡し、公社に保存すべき正本は自分の机の抽出に入れておいたのである。

三、右の事実関係を理解しようとしないで原判決は依頼に対する応答としては「何の意味もないことを単なる助言として岡藤等に述べたとは考え得ない」と認定したことは重大な事実の誤認である。

詳言すれば、四千万円の数字の訂正については相当な理由を附して当初に(第一次契約書を指す)作成した文書に誤りがあつたと言うか、直接市農協の依頼によるとかその作成理由を明にすれば足るのにこれを怠つた後藤、岡藤等が自己の保身をはかり一致して天井の指示による旨述べていることは極めて明で、この間の事情を暖簾証言と言い、衆口金をとかすと当弁護人は控訴趣意書で表現したのである。

四、原判決が天谷甚兵衛の「税金のことは依頼したことはないように述べた原審(第一審)における証言部分は原判決認定説示に反する限度では不自然で信用できず」(原判決三六丁裏五行目以下)認定していることは十分前記公社の組織機構を理解しないために生じた認定である。

五、要は上司に指示を仰ぐためには前もつて話をして諒解を得ておく場合は勿論であるが、それにしても公文書として外部へ渡す書類を市公社内部において勝手に稟議決裁を省略することは絶対にない。又、あり得ない。その法則を無視して第二次契約書を作成したのでそれをかばうためには後藤、岡藤において事実に反する供述をせざるを得なかつたのである。そう考えると第二次契約書の偽造は後藤課長の責任であり、第一次の契約書は正式に作成された公文書である。

そうみて来ると、前記原判決認定には重大な影響があり、判決に影響を及ぼすこと明な誤認であるから原判決は破毀さるべきである。

六、因に、被告人天井に刑罰を科した原判決はその理由において第一次的契約書(売買契約書と覚書の二本立)を上田に許容したこと並びに第二次契約書(後藤が偽造した書類)の作成を岡藤、後藤に許容したと認定したことによるものである。

然し、既に累々上申したように第一次の契約書は組織の上で完全に共同体として作成したもので被告人天井と上田が共謀して不正不当に作成したものでない。又、第二次の後藤が作成した所謂偽造文書について天井被告人は指図をしないことは勿論、単に話にのつた程度で「それもできるならしてやれ」という趣旨のもので指示したものでないことは前陳の通りである。

特に御留意賜り度いのは被告人天井が組織の中で秘かに書面を作るよう指示しないことは勿論、左様な指示を与えることもできないことを十分御理解賜り、これを承けた後藤も稟議決裁を受けない書面は違法であることを知悉していたので、市公社の書面綴りに綴り込まないで机の抽出に入れておいたのである。机の抽出に入れておくこと自体、後藤の本件第二次契約書が違法なことを知つていたと思われても仕方がないと言うべきである。

第一次契約書と第二次契約書が何れも天井の指示によるものと認定した原判決は明に失当であるという外はない。

昭和六〇年六月 日

右弁護人 大橋茹

最高裁判所第二小法廷 御中

昭和六〇年あ第四九四号

○上告趣意書

被告人 天井定美

右被告人に対する有印公文書偽造、法人税法違反幇助被告事件について、昭和六〇年二月二八日名古屋高等裁判所金沢支部が言渡した判決に対し、上告を申し立てた理由は左記のとおりである。

昭和〇年六月二八日

右弁護人弁護士 前波実

最高裁判所第二小法廷 御中

第一点、憲法違反(刑訴法第四〇五条一号)

一、原判決には「疑わしきは被告人の利益に」との原則に反した結果、憲法三一条に定める法定手続に違反した違法がある。

「疑わしきは被告人の利益に」という原則は刑事裁判における鉄則であり、この原則は刑事手続の全体をカバーする基本原則であつて、刑訴法、刑訴法規則の全条項を解釈し運用するうえでの根本精神である。従つてこの原則に対する違背は、単なる法令違反(刑訴法第四一一条一号)にとどまらず、法の適正な手続を保証する憲法第三一条の違反となるものと思料される。ところで、原判決には大むね第一審の事実認定を容認し、第一審の認定事実を次のように要約した。即ち「<1>福井市農業協同組合は明里土地を福井市土地開発公社に売り渡すについて、昭和四九年一月に入つて農協会館建設費を捻出するため、明里土地売買代金として取得原価とそれまでの諸掛経費を加えて、土地売却益として一億円を上積した金額を希望し、市公社の上田三良事務局長が折衝した結果、売却益が一千万円減額して九千万円となつたこと <2>福井市農協は、組合員でもある明里土地の原所有者らに対し転売益を挙げたことを公表することは好ましくないと判断し、併せて転売利益等を法人益金に計上せず、法人税を逋脱することを企図し、そのため売買契約書と覚書の二本立てとして覚書に掲げられた分は所得から除外することを決し、昭和四九年二月二六日に農協理事会において法人税逋脱目的の右二本立て契約を承認したこと <3>農協開発管財課長の天谷甚兵衛は二本立て契約について上田公社事務局長に右趣旨を明らかにして申し込み、上田事務局長は公社常務理事であつた被告人の指示を仰いだ上、二本立て契約を締結することになつたこと <4>福井市農協専務理事坪川均は二本立て契約の締結される少し前の昭和四九年一月二三日、一存で農協会館建設補助金として既に決定済の一億円とは別に更に一億円を交付して貰いたい旨の陳情書を作成し福井市長に提出したが、右陳情の真意は陳情書の字義どおり補助金の増額交付を要望することにあつたのではなく、近く締結される明里土地売買契約に際し、代金額が組合の要望どおり有利高額(即ち約三億八千万円)に決定されるよう、且つ脱税目的のための二本立て方式による契約締結に都合のよいよう側面から働き掛けようとしたものであること <5>その後坪川提出の陳情書は昭和四九年二月五日の福井市の農林部関係予算に関する市長査定の場に出されたが、右陳情書による補助金交付要求に対する措置は締結が予定されていた明里土地売買契約において、組合に転売益を得させることにより処理済になつていると考えていた被告人より処理解決済である旨の説明がなされ、福井市長島田博道は右説明の趣旨を理解できないまま肯認し、陳情書は採択されなかつた。もつとも島田市長死亡後の事務引継事項には、一億円から更に一億円、即ち二億円補助することになることの記載があり、昭和四九年二月二七日締結の明里土地売買契約後も坪川提出の陳情書に対する措置が懸案として残されていたかのようにも解される資料があるが、いずれもさしたる意味を有するものではないこと <6>昭和四九年三月一日組合理事長柳沢義孝が農協会館建設費の三分の一の補助約束があるのだから、もう一億円貰いたい旨代金の増額方を要請したところ、その頃は福井県において明里土地を所有したい希望を有しており福井市においても同土地の利用が思うにまかせず、福井県に譲渡する方針をとつていたので、被告人は明里土地を市公社の取得価額より更に一億円高額の代金で福井県に譲渡し、結局所期の目的を達成し得て、転売利益分に相当する一億円を組合に交付したこと <7>なお追加一億円は正体不明の政治的加算金というべきものであること <8>昭和五〇年一月二五日頃、福井市農協の天谷甚兵衛が市公社事務局長岡藤昭男と総務課長後藤成雄と共に被告人を訪ね、主として天谷において売買契約書と覚書の偽造方と追加一億円も含めて明里土地の転売益に課せられる法人税の逋脱方についても頼む旨のいわゆる天谷依頼があつて、被告人は全面的に右依頼に応じ、岡藤らにそのように事務処理をすることを指示したこと」とまとめ、右第一審事実認定のうち第八点の天谷依頼のうち追加一億円の法人税逋脱まで依頼したことについてはいささか疑問があつて証明が不充分として排斥した他は、第一審の右主たる事実経過八点をそのまま容認したものである。

二、然し右の事実認定はそれに反する幾多の証拠書類や関係者の供述があるにも拘わらず、一面的な捜査当時の供述調書を主として事実認定の証拠として採用し、疑わしきは被告人の利益として斟酌すべき事実証拠を無視している点において、甚だしい違法があるといわなければならない。

そこで個々の問題点を検討する前に主張したいのは、捜査当時の関係者の供述は当時の検察官の誤つた事実認識を前提としてその認識に添うように供述されたもので、その誤つた事実認識の前提というのは、先に本件の事実認定として掲げた<2>の二本立て契約は覚書に記載した分を当初より法人税逋脱の目的で作成されたものであること、<4>の坪川陳情書は三億八千万円の売買価格を実現するため側面的に働きかけたものであること、<5>の坪川陳情書は三億八千万円の売買契約額で解決済で追加一億円は坪川陳情書とは関係のない正体不明の金であることであり、これを確固不動の事実として各関係者に供述を迫つてその事実に添うよう検察官面前調書が作成されたものである。そこで検察官の確固不動とみなした事実について事実に反するか、或いは疑わしきは被告人の利益と評価しうる合理的な疑いが有することが明らかであるならば、それを前提にした関係者の検察官面前調書の内容の信用性は全てなくなり本件第一、二審の事実認定は根底から覆される結果となるということである。その点、第一、二審判決は弁護人の指摘した客観的証拠に基く疑問点には直接答えようとせず検察官面前調書を無批判に採用し刑事訴訟法の原則に反する違法を犯したものである。

三、第一に事実認定の<1>の明里土地の凡そ三億八千万円との代金額については昭和四九年一月に入つて上田事務局長が折衝して初めて決定されたものでなく早くより形成されていたものである上、右売買は事実認定の<6>で示しているような昭和四九年三月一日以降になつて福井市が右土地の利用を思うにまかせないため福井県に譲渡するようになつたものでないことは以下の経緯及び証拠によつて明らかなことである。

(イ) 明里用地は昭和四六年二月福井市農協が農協会館建設敷地若くは市農協の施設を作る予定で地元民より約二億二千万円で買収したものであるが、右土地は都市計画による道路が土地を三分することから使い難いこと、土地が狭いこと等から市農協会館建設地としては不適当として他に用地を求め、本件土地は不要として手離してもよいこととなつた。

福井市は市農協が右本件土地を不要としていることを知り駐車場用地として買受けることの交渉をなすようになつた。而して昭和四七年一〇月三〇日に開催された福井市の庁議においては福井県物産観光センターの建設について論議され、庁議書(領第四二七号符一一四の一)の記載によれば「県の中小企業課より幾久グラウンド地係五〇〇〇坪の敷地の県物産観光センター建設について、市に対し建設の適地か、地元の了解について協力を依頼されてきたが、市としては当地の今日までの経過からこの件については不賛成である。土地の斡旋については元工業高校跡地、東安居地区の農協所有地の斡旋協力はできるものとして県に回答してはどうか」と記載されていることからするならば、昭和四七年一〇月には市農協の明里の土地が場合によつては県の物産観光センター用地として市が斡旋してもよいことが既に論議されていたことを示している。

(ロ) 福井市土地開発公社としては福井市のパークアンドライド方式の駐車場用地の必要から昭和四八年三月二七日開催された市開発公社理事会において右土地の用地取得費として昭和四八年度予算に概算三億五千万円を計上し、栃川守夫福井市企画調整課長の供述によれば昭和四八年四月頃被告人からの買収指示により同年六月頃より福井市農協と駐車場用地としての買収交渉に入つたが、市農協からは駐車場用地としては地元の発展につながらないとして地元民の反対が強くて納得させられないということで、市開発公社の買収は断念されたものであるが、その際土地価格については地主からの取得価格が約二億二千万円で、諸経費が四、五千万円、その他土地代金で農協会館建設の資金を作りたいとの考えが市農協から示されていたのである。

福井市土地開発公社の改修が進捗しない一方、福井県は別個に県婦人児童課は婦人児童センターの用地として、県中小企業課は福井県物産観光センターの建設用地として取得を希望し、それぞれ市公社に買収方の交渉に入つたがこの際本件土地は坪当り九万円の価格であることは予定されていたものである。このことは商工労働部中小企業課の昭和四九年度歳入歳出予算説明書(領第四三七号符号一一五号の二)によれば土地取得費として坪当り九万円、五千坪で四億五千万円と予算要求されており、厚生部婦人児童課の同年度予算要求説明書(領第四三七号符一一六号)によると福井市明里町の土地五一六二坪を四億六千万円余で購入したい旨、即ち坪当り九万円の単価が予算要求されており、右予算要求が昭和四八年一一月末までに提出されることになつていることからして既に昭和四八年中には坪当たり九万円という単価が表示されていたのである。これは別の重要な問題点である昭和四九年一月二四日付受付の福井市農協の農協会館建設補助金の一億円増額陳情(いわゆる坪川陳情書)が約三億八千万円の売買代金の中で処理済であるとの主張を否定する明確な証拠でもあるのである。

福井県では婦人児童課と中小企業課が競願する形になつたので土地買収の担当課を総務部管財課に移管し、以後管財課で明里土地の買収交渉事務を行うことになつたが、移管を受けた管財課では昭和四九年度二月補正の予算要求説明書(領第四三七号符号一一七号、同符一二一号)で物産観光センター建設用地取得費として四億一千七百万円を予算要求するに至つた。

(ハ) 福井県の両課から買収交渉を受けた福井市農協は従来から福井市に恩義がありどうせ売るのならば福井市に売りたいということで福井県に直接には売らないという意向であつたために、ここに福井市土地開発公社が福井県のために明里土地を取得することの斡旋をなすようになつたものである。これには先に述べた昭和四七年一〇月三〇日の福井市庁議でも福井市が県の物産観光センターの建設用地を斡旋協力ができるとの結論が出ていたため市開発公社としても福井県のために購入することとし、一方福井市農協は同年一二月八日に開催された臨時総代会で農協会館を社地区に建設すること及び不要になつた明里土地を福井県の物産観光センター用地にする目的で福井市に売却することが承認され、以後市農協と福井市開発公社の事務担当者で売買の条件の交渉が進められるようになつた。

右土地取得が県の依頼によつて福井市土地開発公社が取得するものであることは、当時の市財政部長であつた小島竜美の供述に如実に表われている。即ち同人の証言によれば「先程申しましたように当初そういう計画で話を進めておりましたが、駐車場用地としては先方のほうが認め難いということで駐車場用地としての話合いは途中で立ち消えになつたというふうに記憶しています。それと前後しまして今の県の斡旋の問題が出て参りましたからその方向に斡旋をするということで庁議にもありましたように話を進めて参つたものである」と述べ県が直接市農協と交渉できなかつたかとの点については「それは私のほうで初めそういう話合いが進められてきたものですから福井市のほうに斡旋をして欲しいということでその話が市のほうに出てきたと。その前に既に物産観光センターの土地斡旋については他にも斡旋をして欲しい、買収をして欲しいという場所がございましたので、そういう関連の中から市が斡旋の労をとるような形になつたと思う。(中略)とにかく開発公社で予算を計上してもおりますので、市が斡旋業務として開発公社にこれを委託するということは確定的であつたというふうに記憶する」と述べ県の必要土地を市開発公社が斡旋することになつたことが認められるのである。この裏付けとして昭和四九年一月二九日に起案され同年二月二日に決才された明里土地の土地売買契約書には第一条に「福井県の依頼により福井県物産観光センターならびに中小企業センター建設のため」と福井県の依頼によるものであることが明示されている。これを受けて天井被告人は契約書取交しの当初から上田三良市開発公社事務局長に福井県の依頼による旨部内的に明らかにするための依頼文書を県より貰うよう命じており、上田事務局長はこの指示に基き福井県管財課に何回も依頼文書を交付するよう交渉した。これに対する県の態度は当時県の担当者であつた島本正昭管財課財産管理係の昭和五一年一一月二四日付検察官に対する供述調書によると、市開発公社からは購入依頼文書が欲しいと頼んでいたが藤井課長補佐はそんなもの出す必要がないといつていたが覚書(昭和四九年九月一七日付のもの)を交換する頃になつて依頼書を出してよいということになり、依頼書の起案をしたが、公社の案は用地取得方依頼となつていたが、藤井補佐は事実と違う文書は出せないということで公社が先行取得した土地を売却してほしいという依頼文書に代えたものと述べている。これによれば市公社は当初から県に取得方依頼の文書を要求していたところ、依頼の経過を知らない藤井管財課課長補佐が一存で売却方依頼に直してしまい(領四三七号符九五号)、しかも福井市農協と福井市土地開発公社との売買契約書の日付が昭和四九年二月二七日付であつたことから一日遅らせた同年二月二八日付の売却方依頼書にして市公社に交付したことが認められる。右によつても被告人初め市開発公社はあくまでも県の依頼による明里土地の取得即ち実質的には斡旋業務であるとの事実認識で行動していたことを示すものである。

このような客観的証拠をみるならば、原判決が事実認定の<1>及び<6>で示した認定事実は誤りであり、少くとも事実を被告人に不利益にと判断したものといわなければならない。

四、第二に事実認定の<2>及び<3>の売買契約書と覚書の二本建て契約が当初から法人税逋脱の目的のためであり、被告人がこれを指示したとの認定事実は以下の事実及び証拠により認められないか、被告人に不利益に認定することについて相当程度の疑いの存するものである。

(イ) 市公社が福井市農協との間に昭和四九年二月二七日付で締結した売買契約が売買契約書と覚書の二本建てとなつており、売買契約書に売買価格を金二三六、五七三、一九二円とし、覚書に「乙が地元土地所有者より取得した時より甲に譲渡するまでの諸経費に相当する金額金一億四千万円を乙が建設を予定している農協会館の建設資金として昭和四九年九月一日に支払うものとする」となしたのが、被告人ら市公社側では当初から脱税という認識は全く有していなかつたものである。被告人を初め市の関係者が、公務員の責任を放棄してまで悪事に加担すべき動機も必要性もなかつたことからも推認できるものであり、単純に市農協の内部事情ということを信頼し、二本建ての契約であつても総体的な金額に差がないし、そもそも法人税の申告は市公社には全く関係なく売主である福井市農協のなすべきことでありどのように市農協が申告するかは買主には何ら関係がないとの意識であつたので法人税法違反の幇助という認識を持ち合わせているものは唯の一人としてなかつたのである。

(ロ) 二本建てとなつた経過は当事者である坂本秀之市農協副組合長の証言によれば市農協から売買契約は契約書と覚書の二本建てにするよう要求した。その理由は組合員から市農協会館若くは農協の施設を建設するために凡そ二億二千万円で買収したものであるが、市開発公社を通じて福井県の用地として三億八千万円で売却するについて市農協がもうけたといわれては組合員が納得しないから組合員感情を押えるために一億四千万円を覚書にして、市農協合併の際に福井市長島田博道から市農協会館建設の際には三分の一を下らない額を補助するよう努力するとの政治的約束もあつたことから農協会館建設資金という補助金的性格のものにしてほしいということであつた。

市農協の坂本副組合長も坪川均専務理事も税のことは専門家に相談したわけでもなく、合併の際の補助金約束もあることだからかからないだろうと素人流に安易に考え、二本建ての契約をすることを以て脱税をするとの認識は全くなかつたと認められるのである。脱税認識であるならば公開せずに闇から闇で契約をするのが通常であるが、市農協理事会で堂々と説明し二本建て契約を隠した事実もないし、脱税目的ならば契約書中は取得価格と経費を含めた金額をあげ、譲渡利益のみを秘匿するのが常識であるにも拘わらず、契約書の金額は市農協が地主から買い上げた取得価格が記載され、覚書の一億四千万円の中には登録税、不動産取得税、金利等の経費として税対象とならない金額を含んでいることからしても、市農協の考えは浅はかであつたかも知れないが組合員対策ということが中心でありこれを念頭においた処理であつた。

市農協は組合員対策のため土地取得価格である二億四千万円という数字を欲したのであり、たまたま右数字を除いたものが一億四千万円となり覚書に記載したものと考えるのが合理的である。そうでなければ売買契約書に記載した二億四千万円で決算を組めば、当然土地売買の決算上赤字となることは経費も含まれていないのであるから素人でも判ることであり、このことは逆に市農協は二本建て契約は脱税とか土地経理を念頭においていたのではないことを裏付けるものといえよう。

(ハ) 一方市農協から二本建ての契約をすることを要求された福井市開発公社の上田三良事務局長は被告人に市農協の経理の都合で二本建てにして欲しいというがどうするかと申してきたが、被告人は総体的な金額に差はないしそうしなければ売つてくれなければそうしなければ仕方がないだろうと答えて、それが脱税幇助と評価されるとは考えもせずに二本建てで契約することを承認したとされている。

被告人の経歴をみても分るように被告人ははえぬきの地方公務員ではなく、昭和三四年九月民間より福井市に入り昭和四五年四月一日に福井市市長公室長になり、昭和四八年一二月二四日に福井市財政部長に就任したものであるから、福井市の事務担当職を歴任していないので細かい事務的手続や知識に乏しいので、事務的なものは部下を信頼して仕事を処理してきていた。しかも財政部長の許に決裁書類が廻つてくるまでには福井市土地開発公社の担当者から課長、事務局長、専任の常務理事の手を経て福井市財政課の公社担当者、係長、課長の決裁を経て初めて財政部長たる被告人の手許に書類が来るから、これだけ多数の専門事務職員の手を経れば誤りがあれば途中でチェックされるものであるから、契約書と覚書の二本建てという契約に余り不審を感じることはなかつた。このことは原審判取調べた証人山田正邦の証言によれば、同人は昭和四五年四月から昭和五七年の三月まで福井市土地開発公社に勤め、同公社で最も古い職員で事務内容に精通している者であるから同人の証言は最も実情を知悉している者であるところ、先づ契約書と覚書の二本建ての文書の素案は昭和四八年秋頃に上田公社事務局長が作成したのを前川係員が清書して存在したと述べている。被告人が右契約に関与するに至る市財政部長に就任したの昭和四八年一二月二四日であるから、被告人天井が就任する以前から二本建ての契約書素案で坪当り九万円の価格で事務接渉が行われていたのである。それ故被告人が上田事務局長に脱税目的で二本建ての契約を指示したとか、右目的による二本建てを容認したという事実は全くなかつたことが裏付けられている。

しかも契約書と覚書との二本建ての契約は市公社が取り扱つた契約件数の七割以上がそうであつたもので寧ろ二本建ての契約が通常であつたことが認められる。それ故市公社のどの職員も本件契約書等の決裁伺書を起案した山田正邦も脱税目的で二本建て契約をなすものと考えたものは居なかつた。若し二本建契約が特異なもので脱税目的で行われるものとしたら市公社の過去の取引の大多数が不正のものということになり指弾されなかつた筈がないところである。それ故被告人が終始主張しているように二本建て契約が脱税目的のものと考えもしなかつたということは優に是認しうるところであり原判決には被告人に不利益にのみ証拠を評価し、疑わしくは被告人の利益にとの観点を欠く違法がある。

五、第三に事実認定の<4>の坪川陳情書は追加一億円とは全く関係がなく、右陳情書は昭和四九年二月二七日明里土地の代金三億八千万円を側面より働き掛けようとしたとの認定事実が、客観的証拠に反し相当程度の疑いの存するものであり原判決は不当である。

(イ) 昭和四九年二月二七日付で福井市農協と福井市土地開発公社との間で締結された凡そ三億八千万円という土地売買価格の中に、昭和四九年一月二三日付福井市農協作成で同月二四日福井市農林部受付で提出された会館補助金を更に一億円を増額してほしいとの陳情書で要求した一億円が組み込まれており、従つて右増額陳情の一億円は売買契約の締結で処理済であるかどうかとの点は本件の事実認定の重要な一つである。本件が紛糾した原因の一つに右事実認定があり、これをどうみるかにより後日福井県から支払われた追加一億円が如何なる事情で発生したものか、右追加一億円の性格が何であるかに影響し、本件全体の事実認定、評価が変わつてくる重要な点である。この点については検察官は捜査当時から引継書などの物的証拠を無視して捜査当時の福井市農林部長近藤重功や福井市企画調整課長栃川守夫の誤つた供述、認識をもとにして陳情の一億円は売買契約によつて凡そ三億八千万円の価格の中で解決処理済であり、追加一億円は性格不明な政治的加算金であるとされたのである。

(ロ) そこで先づ証拠上明らかな事実は、福井市農協は昭和四五年八月一日に福井市内の農協が合併して設立されたものであるが、右合併に際して同年一月二七日合併の条件として当時の福井市長島田博道が将来福井市農協会館を建設する際には、建設費の三分の一を降らない額を市が助成するよう努力する旨の覚書を交付していたため、福井市農協は合併の条件であつたから必ず市農協会館建設の際には建築費の三分の一を補助して貰えるもの、或いは当然補助するよう要求できるものと考えていた。右補助金については正式なものは昭和四八年度の福井市予算において市農協に金一億円、但し一千万円宛一〇年間に亘つて補助金を交付する旨決定されていたが、当時建設費は高騰する一方で到底一〇年間で一億円の会館建設補助金では合併の際の約束の三分の一補助という補助金額とは不足することから、市農協は更に補助金を増額して貰いたい旨市に陳情をするに至つた。そこで市農協は昭和四八年一一月二四日には「本所建設に伴う補助金の増額について」と題して「本所事務書建設に係る補助金一億円については既に議会の決議を戴いておりますが、現今の激変する経済情勢による建設資材の高騰にかんがみ、之が補助金の増額をお願いします」と金額を示さずして増額陳情書(領四三七号符八九号)を提出して陳情していたが、福井市が昭和四九年度の予算編成を始めるについて四九年度予算に更に補助金を計上して貰うためには具体的な数字と根拠をもつた増額陳情書を提出しなければならないと考えた。そこで福井市農協の坪川均専務理事は福井市財政部長査定に間に合わすべく、一部の理事の承認を得た上で急遽昭和四九年一月二三日付で陳情書を作成し、同年一月二四日付で福井市が受付けた補助金増額の陳情書が被告人の財政部長査定の席上で市農林部長近藤重功から提出された。右陳情書では抽象的ではなく会館建設の予定建設費等の明細資料を添付して具体的にもう一億円助成して貰いたいと陳情したものである。福井市には右一億円の補助金増額を認めるかどうかについて検討することになつたが、被告人は既に一億円の補助金は昭和四八年度予算で認められており、これ以上更に補助金を一億円交付することは困難と考え、財政部長査定では結論を出せないとして市長の裁断を仰ぐこととし、同年二月五日に行われた島田市長の農林部関係の予算の市長査定に持ち上げ、そこで増額陳情を認めるかどうかを判断することになつたのである。

(ハ) ところで市長査定のなされた昭和四九年二月五日当時には明里土地は凡そ三億八千万円との価格であることは定つていたのである。前に述べた通り昭和四八年一一月に提出された福井県婦人児童課及び福井県中小企業課の明里土地の取得予定価格は坪当り九万円(当時は約五千坪と考えられていた)で四億数千万円と予算要求されていたから、四二〇〇坪でほぼ三億八千万円と定つていたのであり、その後福井市土地開発公社と福井市農協が契約金額を凡そ三億八千万円と合意に達した結果市公社では昭和四九年一月二九日付で二本建ての契約で凡そ三億八千万円の価格で契約をしてよいかどうか決裁伺書が作成され、同年二月二日付で市長までの右決裁がなされたことは証拠上明らかである。そうであるならば同年二月五日福井市長査定で一億円の補助金増額陳情をどう扱うか検討するときには三億八千万円という売買価格は決定しており、三億八千万円の中に増額陳情の一億円が含まれていて陳情の一億円は処理済となつている筈がないことは何人が見ても明らかである。実質的にみるも売主である福井市農協が三億八千万円の売買価格を買主が承認しなければ売買をしなければよいのであり、何も三億八千万円の売買価格を側面から働きかけるために一億円の補助金増額陳情を出すなどということは不合理である。

このような明らかな事実でさえ一、二審は被告人に不利益にしか認めていないことは法の精神に反するものである。

六、第四に事実認定の<6>及び<7>の追加一億円の生ずるに至つた経過が、坪川陳情書とは無関係で正体不明の政治的加算金であると認定したが、右認定は客観的証拠に余りにも反しており、被告人の利益な事実を認めようとしないことは、憲法の適正手続の法理に反するものである。

(イ) 福井市農協の会館建設補助金一億円の増額陳情の扱いは昭和四九年二月五日の市長査定に持ち込まれたが、その席で一億円の増額陳情に対する処理は未解決となり、被告人の発言で福井市農協から購入する明里の土地を福井県に売却する土地代金の中で補助金を出せないか研究するという結論となつた。右査定に参加した栃川守夫福井市企画調整課長のいわゆる栃川メモ(領第四三七号符一二〇号)によれば市農協センターの助成として「約束の分一億について各年に一千万円、四八年度は未執行か、開発公社の土地買収の中で助成」と記載されており、同人の証言によれば「天井部長から市長に対しこの件は明里の土地代金の中でひとつ考えていきましょうという意味のことを言われたと思います」と述べて裏付けており、市収入役として市長査定に出席した小島竜美の作成した小島メモ(領第四三七号符一六六号)には「八億円に変更の予定、一億補助を倍額にしてほしい(一〇年分割)、増額について研究」と記載され、同人の証言によれば右メモは「農協センターの建設事業費が八億円くらいに増額変更になる予定であると(中略)、前に決定を致しました内定をしております一億円、更にそれを倍額にして欲しいというような要求でございまして増額分については研究ということでここでは確たる結論は出ていなかつた。

研究を要するという中には土地代金の中からという問題も出て来たものですから研究というような形で、そこでははつきりした結論が私共の中では出なかつたという風に考えている」と述べて被告人が終始主張しているように、市長査定において市農協の増額陳情は土地代の中で解決してゆくという方向が示され増額陳情は未解決になつていたということを完全に裏付けているものである。

(ロ) 市長査定の席で増額陳情の一億円は明里の土地代金の中で仕末をつけるという島田市長了解のもとで被告人は明里の土地は福井県が購入するものであるから福井市土地開発公社の懐が痛むわけではないので市農協が県と話して県が高く買つてくれればその果実をそのまま市農協に渡せば足りる、即ち福井県が農協の陳情している補助金一億円相当分を明里土地売買の中で出してくれればよいとの判断であつた。

そうしているうちに昭和四九年三月二四日島田博道福井市長が急死し、選挙の結果大武幸夫が市長に当選し、新市長に対する事務引継が同年五月一五日行われた。市長事務引継書(領第四三七号符一六三号)によれば農林部農政課の引継案件として「農協会館の建設、福井市農協会館建設に伴い諸物価の高騰による補助金(債務負担額)の増額」との事項が記載され、右事務引継に立会した小島竜美収入役のメモとして「物価高騰による八億四千万円必要、市補助一億円と更に農協の土地買収の中で更に一億円、即ち二億円を補助することになる」と記載されていて補助金増額陳情分の一億円は、明里土地代金の中で処理することが明示されており大武幸夫市長の事務引継書のメモ(領第四三七号符一一一号)には「二億円、土地代一億円」と記載されていて、右メモによるも一億円の増額陳情の補助金処理は土地代によつて解決することが明白となつている。事務引継というのは新担当者に対する未処理事項の引継であつて、三億八千万円の売買代金の中で既に処理されているものであるならばことさら事務引継の対象にする必要もない筈であり、事務引継をしたということは右一億円の補助金の増額陳情は未解決であるが、島田前市長の時に明里の土地代金の中で一億円の解決するように方針が定つているということを大武新市長に引継ぎ説明をしたものと解するのが正当な証拠判断であり事実認定というべきである。このような引継関係の資料や引継の事実について、第一審判決及びこれを踏襲した原判決は、「いずれもさしたる意味を有するものではない」と簡単に一蹴していることは余りにも不当な証拠判断というべきである。

(ハ) 福井市土地開発公社は明里土地の売買が実質的には福井県の土地取得についての斡旋業務と理解していたから市開発公社側は福井県が明里土地を高く買つてくれればその果実をそのまま福井市農協に引渡せば済むと考えていた。そのため福井県に対し、市農協が建設資金の補助として更に一億円要求しているので、土地代金を市開発公社が契約した凡そ三億八千万円に一億円上積みした四億八千万円で取得するよう要請していた。これは先に島田前市長が、市農協の補助金一億円の増額陳情分が明里土地代金の中で処理するよう方針決定がなされていたためである。

この経過は追加代金一億円を福井県に立替えて市公社が福井市農協に支払うことを決定した昭和五〇年一月二三日開催の市公社第五回理事会の議事録(検察官請求番号一一七番)に明確に表明されている。そこでは岡藤事務局長の説明として「ではただいま事業部長から話がありました公共用地先行取得の件ですがこれについてご説明申し上げます。図面No.8をお開きいただきたいと思います。黄色にぬりつぶした部分でございますが、これは福井市農協が買収したもので、緑にぬつた部分これは丁度西部の土地区画整理の区域内にある街区で公社が区画整理二課から譲り受けこれを含めまして市が県にあつせんし県の物産観光センターを建設するものでございます。実は総額にいたしまして公社から既に三八一、四二二、四五〇円余りを立てかえて農協に支払済でございます。県といたしましてはぜひ物産観光センターを建てたいのでぜひともこの用地を分けてほしいという強い要望がございまして県の方へそれを四億八千万円ぐらいで分けようじゃないかということで話し合いがまとまつているのでございます。特にこの街区の緑でぬりつぶした部分の買い取りについては区画整理二課とこのほど三、二〇〇万円ほどで話し合いがまとまりましたので、そこで結局のところ県の方へ一億ほどひとつ高く買つていただこうというようなことでございまして、既に支払つた金額はさておきまして県から一億円を先にいただこうというような考え方等もありいろいろ折衝いたしましたが一億については公社で立て替えて貰えないかという要請もありこういう結果になつたわけです。県とは大体四月二〇日頃には全額返済できる見通しになつております。この公社が一応農協に支払いました分については全額立て替えになるわけですが、借り入れた金額は全部県に売渡す金額に加えて代金決裁がされますので公社の方といたしましては持ち出しは結果的には何もございません。県の物産観光センター用地がここに確保できるということもございまして協力的にごあつせん申し上げるというような意味の一億でございますのでご了承いただきたいと思います」と説明しこれに対し被告人の発言として「局長の方から間違つて報告しているわけではありませんが、県へ一億円高く売るんだよというような発言があつたと思います。しかしそういう意味ではございませんのでご理解願いたいと思います。全く公社は斡旋業務をしたということで一億円高く処理しているということではありませんのでこの点だけはひとつご了承いただきたいと思います」とそれぞれ述べていて被告人は明里土地の売買は市公社としては斡旋業務と考えていたこと、追加一億円は県が高く買つてくれるものをそのまま市農協に渡すのであつて、追加一億円は政治加算をしたというような性格不明のものでないことを説明しているのである。このことは売買について県側の担当をなした藤井之夫の昭51・11・25付検察官に対する供述調書において「高村課長の答は主に三億八一〇〇万円は私同様当初から聞いていたというもので、それが後になつて四億八一〇〇万円余りになつたというもの、また市側から市は農協に一億円補助を出さなければならないのでそれを県でみてくれと言われたというものでした」との供述にも市公社は坪川陳情書の補助金一億円の増額陳情分を土地代金一億円の追加として交渉していたことを示すものである。

(ニ) 右経過で市農協の会館補助金増額陳情の一億円分は県に明里土地を一億円高く買つて貰うことで処理されることになり、県では当時明里土地が坪当り一三万円以上の時価であつて、一億円高く出して四億八千万円で買い受けても坪当たり一一万円位にしかならず、当時の豊住県総務部長も証言にもある通り安い買物と考えられたので、適正な土地価格の範囲内である凡そ四億八千万円で買い取ることになり、昭和四九年九月二四日付で福井県総務部長豊住章三と福井市土地開発公社との間に売買覚書を交換した。右覚書を作成する過程で福井市土地開発公社が要望し福井県が作成した覚書原案(領第四三七号符一六七号)第二条には土地代金について「福井市農業協同組合に支払つた価額三八一、四二二、四五四円および乙が同組合会館建設補助金として支出予定の一億円を加算したものとする」と表現されており、明らかに追加一億円は福井市農協に会館建設補助金として、即ち市農協の一億円の補助金増額陳情分が形を変えて組み込まれたことを示しているのである。右覚書原案は最終的には豊住県総務部長の指示によつて「乙が福井市農業協同組合にすでに支払つた三八一、四二二、四五四円および今後支払予定の一億円を含めた四八一、四二二、四五四円とする」との表現に書き改められたが、市公社側の基本的な考え方は市農協が要求している建設補助金一億円を土地代金の中に上積みしたものと終始理解していたものである。

右の如く事実経過及び証拠によれば追加一億円は正体不明のものではなく、坪川陳情書と連動するものであると認めるのが合理的であつて、原判決は誠に採証の法理に反した違法なものと断ぜざるを得ない。

七、第五に事実認定の<8>のいわゆる天谷依頼が売買契約書と覚書の偽造方と、法人税の逋脱方を依頼し、被告人がこれに応じて岡藤市公社事務局長らにその旨指示したと認定したが、右の認定は不合理な点が多く被告人に対し不利益とのみ評価しているものである。

(イ) 福井市農協の開発管財課長天谷甚兵衛が被告人に相談に来たのは覚書に記載した一億四千万円のうちの四千万を売買契約書に移せないかとの趣旨のものであつて、同人の内心の真の意図はどうであつたかは別として市の幹部公務員である被告人に文書偽造を依頼したり、ましてや法人税の逋脱を依頼するなど特段の事情がない限りあり得ることがないのが道理である。而して被告人が公務員の職責に反し、しかも重大な責任原因となるような違法な所為をなすことを指示しなければならないような特段の事情は何ら証拠上表われてもいないし認定もされていない。被告人は全体の金額が変更するわけではないため、「できるものならばしてやりなさい」と返事をしたが、これこそまさしくさしたる意味もなく深くも考えずに事務当局で前向きにできるかどうか検討するようにアドバイスをしたものと解するのが合理的である。これに反し原判決は岡藤らが天谷を被告人のもとに案内したのは偽造してほしいとの趣旨にほかならないので、単に漠然たる助言をもとめるためでないこと位は分つていたと思われるのに、「それが可能なことかどうか考えて、可能なことであるならば市公社内部の職制、機構に従い、稟議、決裁の手続をとつたらよいなどと、これまた依頼に対する応答としてほとんど意味をなさないことを単なる助言として述べたとは考えられない」と判示しているが、誠に被告人に不利益にのみ盾の一面を評価しているものである。

(ロ) 被告人は福井市農協の天谷甚兵衛の覚書中の一億四千万円のうちの四千万円を契約書の中に埋立補償費として記載できないかとの頼みに対し、岡藤市公社事務局長並びに後藤同総務課長に「できるものならばしてやりなさい」と返事したことは、直ちにできないと断るのではなくまさに証人山田正邦が言うように事務関係者で所定の手続を踏み、変更が可能かどうかを協議してできるということになれば役所システムの定められた手続により決裁にあげて行いなさいという正当なことをアドバイスしたものである。役所システムにおいて契約文書が一人の上司のアドバイスで通常手続を無視して行われるということはありえないことであり、役所組織を少しでも知る者であれば被告人の一言のアドバイスを以て、できないことを一存でせよとの指示命令だと受けとる筈がないことは自明の理である。被告人も「できるものならばしてやりなさい」という軽い一言が公文書偽造の通謀をしているなどと認識することは全くなかつたことは素直に首肯しうるところである。

(ハ) このように被告人としては市農協が脱税の意図を有するかどうか考えたこともなく、また後藤総務課長と公文書偽造の共謀をしたことがないことは明らかな事実であつて、被告人が昭和五一年一一月一〇日に逮捕され勾留中も終始主張していた点である。ところが勾留満期の直前になつた被告人の同年一一月二六日以降の検察官調書は全く内容が一変し、被告人が自白したような記載になり、一一月二六日付調書の冒頭には「昨日(一一月二五日のこと)弁護人が会いに来た後いろいろと考えるところがあり本当のことを申し上げる気になつた」旨の書き出しにより従来と異なる供述を始めたようになつている。

しかし弁護人が自白を勧めた事実もなければ、被告人が心境が一変して否認していたものが自白するに至るきつかけがあつた訳でないことは控訴審で取り調べた証人大橋茹の供述により明らかであり、被告人の同年一一月二六日以降の検察官調書は内容が客観的事実に反していることはもとより信用性のないものである。

大橋証人の供述によると、弁護人として一一月一三日頃から一一月二五日までの一三日間ほどの間に六回の接見をしているが、同年一一月二六日からは被告人から検察官が福井県総務部長と福井市土地開発公社との間に取り交わされた昭和四九年九月二四日付覚書の第一次原案が発見して、追加一億円の性質が明確になつたことから事件にならないと述べていたことを聞き早晩釈放されるものと被告人ともども喜び、そのため一一月二五日以降は被告人に接見に行かなかつたことが認められる。これによれば被告人の述べるように事件にならないと聞かされたことからやつと検察官も被告人の述べていたことが真実だと信用してくれたとの法廷での説明が納得しうるのであつて、一一月二六日以降の被告人の供述内容は真実に反し、被告人の真意に基づくものではないことが認められるのである。

右の点につき原判決は、判決書一一帖以下において被告人の昭和五一年一一月二四日以降の被告人の自白調書について取調検察官倉田靖司の証言のみを根拠として任意性、真実性に疑いを挟む事情はないと認定しているが、何故に被告人が従来からの否認供述から自白供述に至つたかについての動機は何ら判示しないのである。却つて同判決書四三帖裏によれば「同被告人は昭和五一年一一月二四日に至りそれまでの徹底した否認の態度を一転させて全面的に事実を自白するようになつたもので、その間の転機の原因については当審における事実取調の結果を参酌してみても、なおその真相を明らかになし得なかつたのであるが」と判示し、被告人の供述が自白に転じた動機、経緯は不明として認定を放棄しているのである。然しこのような供述の変転の理由が何であつたかが解明されなければ、自白調書の任意性、信用性を認めることができないのは論理上当然であつて、これらの解明をしないまま被告人がるる述べている自白調書の転機の事情について何ら判断を示さず認めもしないのは、疑わしきは被告人の利益にとの刑事訴訟の原則に著しく違反するものと断ぜざるを得ず原判決は不当である。

第二点、法令違反(刑訴法第四一一条一号)、事実誤認(同条三号)

被告人が有印公文書偽造、法人税法違反幇助に及んだ事実はないのに、原裁判所は被告人のその旨の主張を排斥し、ほぼ第一審の有罪判決を維持して控訴棄却の判決を言渡した。

然し右原判決は証拠能力のない被告人の自白調書を事実認定の用に供したことと、証拠の取捨選択を誤り審理不尽の結果事実を誤認したことによるものである。

よつて原判決には刑訴法第四一一条一号及び三号所定の事由があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するので、原判決は破棄を免れないものと思料するものである。

一、原判決が被告人の昭和五一年一一月二四日以降の検察官に対する自白調書は、自白をするに至つた転機も明らかでなく、その任意性に合理的な疑いが有するにも拘わらず証拠に採用し事実認定に供したことは、既に本上告趣意書第一の七で詳細に陳述したとおりであるので、右陳述を援用する。

そして被告人の右自白調書は何故に従来の否認供述が突如として自白供述に至つたかにつき被告人の公判廷の供述によればその転機の事由が明白であつて任意性、信用性に合理的な疑いが有するにも拘わらず、原判決は自白への転機が不明であるとしたまま安易に任意性を認め証拠として事実認定の資料に供したことは、刑事訴訟法第三二二条第一項に違反した違法があり、右違反は判決の結果に影響すべきことが明らかであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものである。

二、原判決には重大な事実誤認がある。その詳細は本上告趣意書第一の一乃至七で陳述し指摘したとおりであるので右陳述を全て援用する。

右陳述で指摘したとおり原判決の事実認定の重要な点において、客観的証拠と対比すれば矛盾、撞着があつて合理的な疑が有するに拘わらずこれを無視した重大な事実誤認があり、右事実誤認は判決の結果に影響を与えることが明らかであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められるものである。

以上の次第であるので原判決を破棄され、自判によつて無罪の言渡しをされるか又は本件を名古屋高等裁判所に差戻されるよう願うものである。

昭和六〇年(あ)第四九四号

○追加上告趣意書

被告人 天井定美

有印公文書偽造法人税法違反幇助被告事件

右事件に付き左の通り上告理由を追加申立てる。

第三点

一、原判決は証拠によらずして重大な事実を認定した違法がある。即ち、弁護人の、被告人には市農協の法人税逋脱の犯行を幇助する意思なく、且つ同幇助する挙に出る動機目的がなかつたという主張に対し、(二六丁表終りから四行目さらに以下同裏面につづく)(内一部抜粋)

「福井市政において市農協の有する勢力影響力や被告人の福井市及び市公社内における経歴地位等を綜合してみると被告人において公文書偽造や法人税逋脱幇助行為がよもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか事の重大性に思いを致すことなく、一方これによつて「明里の土地」を安値に取得することができるとともに、他面これが市行政の将来の円滑な発展に資すると考え組合の意思に迎合して二本立契約締結を指示し、更に勢いの赴くところ原判決(第一審)第一及び第三の一、二の各犯罪を実行するに至るということは十分理解可能なことであつてそこに犯行の動機がないなどとはいえず」と判示して被告人の犯行の動機を認定したのである。

二、右説示は被告人が本件犯行を犯す動機がないこと、又事実の裏付の証拠もないと言う弁護人の主張に対しては説示が足らず証拠を示さないで犯行の動機を認定したものであると言うの外はない。

蓋し、原判決の言う如く「よもや露見することはあるまい」というのは被告人の心境を察した言葉で、犯行の動機そのものではない。犯行の動機は金が欲しいから窃盗詐欺を犯す、地位が欲しいから上司に諂う、その間何等かの具体的目的があつて犯罪を犯すものである。よもや露見することはあるまいというだけでは、万に一つも露見することを含んでの心境で、それだけのことで犯行を犯す動機となるとは言えないと確信する。

「事の重大性に思いを致すことなく」と言うのも同様で、過失犯ならば格別、懲役刑に処せられる犯罪を犯すのに事の「重大性」を認識しない馬鹿はいない。例えば、泥棒もよもや露見しまいとは思つても外に金か物が欲しいという動機目的がある。罪を犯すのに動機目的がないということは考え得ないことである。

三、そこで前判示や動機と認定したものを拾つてみると

イ 市農協の福井市政において保有する勢力影響力。

これあるが故に被告人は何故犯罪を犯し犯罪者を援助しなければならないだろうか。成程、市農協の理事中に市議会議員が存在する。しかし当時の福井市議会議員の数は四一名乃至四二名(定員是正と欠員があつた場合がある)仮に四〇名としても五分の一に過ぎない。三二対八、その八に諂う必要があるか。又罪を犯してまで諂う必要があつたであろうか。

ロ 被告人の福井市及び市公社内における経歴、地位。

被告人は当時単なる市吏員で財政部長の要職にあつたが政治的には何等他の吏員と異なるところはない。市長補佐の責を負つているに過ぎない。イロ何れも市長の如く公選又は市議会の運営が直接身にせまつている者と被告人の立場は違うのである。

原判決は右二点を綜合して考察して、よもや露見しまいと考え、事の重大性に思いをいたすことなく明里の土地を安値に取得することができるとともに円滑な市行政に資すると考えて本件犯行を犯したように判示しているが、右何れも犯行の動機目的とはなり得ない。殊に明里土地の取得価格が安くても高くても天井個人には何の関係もないことである。

四、以上要約すれば被告人天井が本件の懲役刑にあたる罪を犯す動機目的もなかつたのである。

原判決は前陳一に記載する如く判示して「十分理解可能なことであつて犯行の動機がないなどとはいえず」と判示しているに止まる。しかし、その原判決の動機として挙げているところを検討しても未だ自ら懲役刑に処せられても敢然として犯罪を犯す動機とは考え得ず「よもや露見しまい」という甘い考えは毫もなかつたことは弁護人の上告趣意書第一、二点で累々上申した処である。

而も、犯行については動機だけでは足りず、目的がなければならないことは言うまでもなく、まさか(よもや)知れまいと思つても万一露見したらどうなるか考えない程知能の低いものでもないことと、本件においては確たる目的がないことを併せ考えて頂くならば、原判決の認定は一見常識的に見て被告人を低能児に扱い、道義心の全く欠如したものとみていると推考せざるを得ない。

五、特に御検察を賜り度いのは、動機を認定し目的(罪を犯した)を掲記するならば、漫然と市行政に資するというだけで被告人が罪を犯す目的となり得るや否やは証拠によつて説明さるべきで、而も右事情は累々説明しているが、どの証拠によつて原判決の説示判示する処を証明しようといるのか明でない。而も適切な証拠の適示がない。

即ち、被告人に懲役刑を科すには単なる推論や状況の説明だけでは足りず、必ずやその動機目的を十分説示し証拠によつてその判断の根拠を示さねばならないのに、原判決の文詞極めて美麗ではあるが証拠の挙示がない。そうすると原判決の美辞麗句も証拠に基かない事実認定の判示に過ぎない。

要は、証拠を掲記することなく証拠に基かない推論判示であるに帰し、この判示は原判決の主文に影響あること明であるから原判決は破毀されねばならない。

昭和六〇年六月二九日

右弁護人 大橋茹

最高裁判所第二小法廷 御中

昭和六〇年(あ)第四九四号

上申書

被告人 天井定美

有印公文書偽造、法人税法違反幇助被告事件

右事件に付き、左の通り上申する。

一、既に提出してある追加上告趣意書中、左記誤記があるので訂正を申立てる。

尤も前後御覧賜れば自ら明かとなるものであるが、弁護人の明かな誤記であるので訂正する。

訂正すべき部分

(イ) 追加上告理由書(第二点の分)第四行目

の罪名の記載中

私文書とあるは公文書の誤記

(ロ) 上告趣意書(第一回提出の分)七枚目裏終りから三行目

(上告理由第一点一枚目裏終りから三行目)

承継人現武田市長とあるは大武市長の誤記

二、別紙福井市の職務権限規定を、上告趣意書第一、二点の内容を闡明にするため提出する。

(イ) 尤も原判決は、福井市及び市公社の内部組織が完備していることは認められるが、それだからといつて被告人が本件を犯さないとは言えない趣旨を判示している。

(ロ) 原判決は、内部組織につきどの程度完備しているか、又統制されているかを明らかにしていないので、これを明かにするため福井市の職務権限規定を添附して明かにしておく。

(ハ) 右規程は長文であるので全文をみて頂く労を省くため、必要部分を左記摘記する。

(1) 第一条は右規程の目的

第三条は決済の方法

を夫々定め

(2) 第四条各部課長の権限行使の方法を定めている。内第(5)各職位(吏員)は権限を行使するにあたり、直属の上級職位を超えてその上級職位に直接報告すること。

一方直下位職を超えて下級職位に命令すること。

を夫々禁止し命令系統を乱さないよう規定している。

本件の原判決認定は、右規程の趣旨を無視している。

(3) 第(6)は、右を更に厳重に規定している。

右上申する。

昭和六〇年七月一日

右弁護人 大橋茹

最高裁判所第二小法廷 御中

昭和六〇年(あ)第四九四号

○上告趣意書

目次

第一点 判決は証拠がないのに特異な精神状態を想定して無理に故意犯を認定している点において、疑わしきは罰せずの原則に違反し法定手続を保障した憲法三一条に違反しており、また重大な事実誤認をおかしていてこれを破棄しなければ著しく正義に反することになる。

一 一審判決の事実認定

二 検察官における弁護人の主張、立証

A 最初の二本立て方式に承認の意味について

市農協は当初からそれによつて覚書分の脱税を企図していたのではないし、被告人天井がそのことを知つて二本立て契約に応じたものでない。

B 市農協の会館建設補助金一億円の増額陳情と本件追加一億円の支払との関係

両者は無関係であるとした一審判決の誤り。

C 一審判決の採証法則違反

1 天井供述の理解の誤り

2 上田三良の供述についての判断の誤り

3 天谷甚兵衛の証言の理解

天谷は始めから、天井は岡藤らに、できるものなら何とかしてやるようにと指示したと述べ、また税金のことは頼のんでいないと述べていた。

4 岡藤、後藤、岡崎の供述

検察官の持駒となつた実行正犯であるが、公判廷ではいずれも後退した供述となつたこと、真実をいつてくれと天井にいわれたこと等。

D 原控訴審における取調べの結果

三 原判決の判断と事実認定

1 原判決の判示第二の一について追加一億円の支払は政治的加算金だという問題の回避

2 原判決の判示第二の二の被告人天井の自白調書の任意性についての判断の矛盾

3 原判決の判示第二の三の追加一億円の性質と経過についての判断と矛盾と単なる仮定論に基づく有罪認定(特に判示第三の六後半の判示との矛盾)

4 原判決判示第二の四の本件土地の二本立て方式による売買契約の当初から市農協は法人税の逋脱を決定しており、天井もこれを知つていたという認定の矛盾、天井の犯罪の動機を認定するための特異な精神状態の想定

5 原判決の判示第二の五が市公社側における本件土地の代金支払の経理処理の状況からみても、その他の市、市公社の組織、内部統制、業務内容からみても、また本件土地代が市公社側では全部土地代として経理上処理されていて、天上が市農協の脱税の事実を知りつつそれを幇助したとみることは不可能であることの主張を斥けた判断の誤り、ここにもまた特異な精神状態が想定されている。

6 原判決判示第二の六の天谷依頼の趣旨に対する天井の認識の有無についての判断の矛盾、ここでも証拠を離れて想定された筋論により有罪が認定されているが、後半の追加一億円の関係ではそれを自ら放棄している。

四 原判決の事実認定と法定手続保障無視

1 天井自白に任意性のないことを事実上認めながら反対の結論をしている。

2 追加一億円についての一審判決の誤りを認めながら、根拠のない仮定的論理のみによつて控訴を斥けている。

3 当初の明里の土地の二本立て契約のときから市農協は脱税を決定しており、天井もそれを知つて承諾したというのが本件有罪認定の大前提であるが、それは完全に崩壊している。

4 原判決の有罪認定は、右の誤つた大前提のもとに、天井はすべてこの行為を「よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく」軽々行つたとしているけれども、そのような特異な精神状態の仮定によつて有罪認定をすることは、証拠裁判の否定で、悪性格による立証についての判例に違反し、憲法の法定手続の保障違反であり、また重大な事実誤認である。

第二点 原判決は他の高等裁判所の判例と反する判断をしたものである。

原判決は、伝聞法則を潜脱するような事実準備に基づく後藤成雄の証言を証拠にしているが、

それは東京高裁と大阪高裁の判例と相反する。

・添付資料

1 日本不動産銀行調査部「調査資料」48(昭和五〇年一二月)四三頁所掲「全国市街地価指数の推移」(グラフ)

本趣意所二一頁の福井市公社では当時の地価の高騰に対応するため公共用地の先行取得に当つても二本立て、三本件立てで契約することが多くなつていたという山田正邦証言の裏付けとして、

2 坂本秀之「陳情書」(昭和六十年六月二十八日)

本趣意書五四頁の市農協は決して当初から覚書分について脱税する企図を有したのでなく、市に働きかけてそれを市からの補助金として出してもらうこと期待していたのであつて、そのような働きかけもあつたという主張の裏付けとして。執筆者坂本は原審で証人申請をしたが入れられなかつたために、本人がその間の事情について上申を望んでいるものである。

3 昭和五一年九月一三日大阪高等裁判所判決写し

本趣意書第二点(八四頁)に援用した高等裁判所判例

4 日本弁護士連合会人権擁護委員会「誤判を語る」(第五集)昭和五九年一〇月の「五 検察官の行過ぎた当事者主義と誤判」、一七頁以下

本趣意書第二点の事前準備の問題と関連し、さらに広く本件における検察官の捜査と審理に臨んだ態度の全体について同様な問題があつたことを伺う資料として、

昭和六〇年(あ)第四九四号

○上告趣意書

被告人 天井定美

右の者に対する有印公文書偽造、法人税法違反幇助被告事件についてさきに名古屋高等裁判所金沢支部が言渡した判決に対して上告の申立をなしたが、その上告の理由は左記のとおりである。

昭和六〇年七月三日

右弁護人 佐伯千仞

最高裁判所第二小法廷 御中

第一点、原判決は、福井市財政部長で且つ同市土地開発公社の常務理事を兼ねていた被告人天井が、右公社が福井市農業協同組合から買受け且つ福井県に譲渡したいわゆる明里の土地に関して、部下である右市公社職員が右市農協側の依頼によつて行つた有印公文書偽造あるいは支払つた土地代の一部を支払調書に記載しないことによる市農協の法人税逋脱の幇助について、それらの情を知りながら故意にそれを指示したものであることを認めるに足る明確な証拠がないにもかかわらず、被告人はその情を知りながら「よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく」、あるいは「事実が露見するかも知れないことに考え及ばす」、もしくは「それがどれほど重大な意味をもつた行為であるかに思いを致すことなく」行動して、それらの行為を指示したものであると認定することによつて、一審の故意犯としての有罪判決を維持したのであるが(もつとも法人税逋脱幇助の訴因の一部については一審判決の事実誤認を認め無罪とした)、このように明確な証拠もないのに、自分の部下が行なおうとしている行為が重大な犯罪であることを知つていながら、露見することはよもやあるまいと安易に考え、あるいは事の重大性に思いを致すことなくそれを指示したというようなあやふやでしかも通常考えられない特異な精神状態を想定することによつて故意犯としての有罪認定をすることは、「疑わしきは罰せず、または被告人の利益に」の原則に違反し、また被告人の悪性格を理由に有罪判決を下すのと同様で、後者を許されないとした判例の趣旨に反している。それは、単に「事実の認定は、証拠による」と定めた刑訴法三一七条の違反たるに止まらず、むしろ「何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」ことを保障した憲法三一条に違反するものとして当然破棄せられねばならない。仮りにそれがまだ憲法違反とまではいえないとしても、原判決にはすくなくとも判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があつて、これを破棄しなければ著しく正義に反する結果となることは明らかである。

右の論点についてご理解を得るためには、原判決の判示全体を分析しなければならないが、そのためには、まず、一審以降の審理経過と問題点の推移を明らかにしておく必要がある。そこで、以下、些か長くなるが、一審判決およびそれに対する控訴趣意ならびにそれに対する原審裁判所の反応を逐一検討しておくことにしたい。

一、一審判決の事実認定

一審判決は、

イ 昭和四九年の一月二五日ころ、市農協の天谷甚平衛が、市公社事務局長の岡藤、同総務課長後藤成雄と共に被告人天井のところに来て、さきに明里の土地の譲渡の際に取交された売買契約書と覚書の作りかえによる文書偽造と、その偽造された覚書分の一億円及び追加支払分の各一億円の計二億円については法人税の支払調書を税務署に提出しないで欲しい旨依頼したのに対して、それが脱税する意図であることを直ちに察知し得たにも拘らずあえてその依頼に全面的に応じたと判示し、しかも、

ロ 被告人天井がかように天谷の依頼を承諾したのは、実はそれ以前に(昭和四九年二月二七日)、右の明里の土地を市公社が市農協から買受けた際に、市農協の要請によつてその土地代金を「売買契約書」(市農協が旧所有者から買入れた価格に相当する二億三六五七万円を記載)と「覚書」(一億四〇〇〇万円を右土地購入後に要した諸経費で農協会館建設資金と記載)との二本立て方式にすることを承認したときに、既にそれは市農協が旧所有者等に転売利益を得たことを知られたくなかつたこと以外に、覚書分について裏で処理しその脱税を企図していたものであることを「知悉」していたからであつて、同人は二本立て契約方式の承諾という形で既に市農協の脱税工作に協力している手前、事ここに至つたからといつて今更反対する理由もないため、右公文書の偽造と合計二億円にのぼる脱税幇助の依頼に対し全面的に応ずることを決意し、岡藤、後藤らに対し、「農協も困つているようだから、そうしてあげねえの」と返答し、天谷の要請にこたえたと認定していたのである(一審判決五九頁以下)。

二、控訴審における弁護人の主張、立証

右の一審判決に対する控訴趣意書において弁護人は、

イ 市農協の天谷の右の依頼は、当時財政部長としての予算査定に忙殺されていて極めて多忙であつた被告人天井が昼休みの僅かな時間(関係者によつても五分とか一〇分である)割いて応じた面会席で初対面の天谷から受た陳情であつて、天井はそれを草々に市農協の経理の都合上、覚書の一億四千万円の中の四千万円は埋立補償費である旨を明確にしたいという趣旨の話だと受取り、岡藤と後藤に、よく検討して、そのようなことができるなら、してあげるようにと答えただけであつて、文書偽造とか脱税幇助を依頼されて承諾したり指示したのではないということを、諸方面から立証、主張するとともに、

ロ 特に一審判決の有罪認定の土台となつている最初の二本立て契約方式の採用自体が、市農協における覚書分についての脱税企図によるものであり、天井もそれを知りながら二本立て方式を承認したものであるとの認定自体が根本的に誤りであること、その誤りは一審判決が上田三良供述のみを偏重し、客観的な事実の経過と多数の反対証拠に目を閉ぢているためであると主張し、次の諸点を指摘した。

A 最初二本立て方式の承認の意味について、(佐伯、控訴趣意書第一点の二)。

1 市農協が二本立てを要求した主な理由は、一審第二回公判(二四丁以下)で副組合長だつた坂本秀之が証言しているように、むしろこの明里の土地は、もともと農協会館を建てるという約束で旧地主から坪五万ないし五万三千円という安い値段で売つてもらつたのに、その約束を反古にしたうえ坪九万円もの高値段で売つて儲けたと非難されるを避けるために、坪九万円といつても、市公社に対する売値は旧地主から買つた原価で、それとは別に会館建設の助成金を公社から貰つたのだというような形(二本立て)にした方が、旧地主対策としても、また一般組合員感情としてもいいんじゃないかと考えられたからで、現に組合員に対してもそのように説明しているのであつて、別に「覚書」で一億四〇〇〇万円受取つたことを組合員に対して秘匿していたわけではない。契約直前の市農協理事会(四九年二月二六日)でも、そのことがちゃんと報告せられているのである。

2 市農協としても、決して当初から覚書分についての脱税意図を固めていたわけではない。もつとも、「会館建設補助金」という名目にしておけば、その分の税金は納めなくて済むのではないかという希望や期待を抱いた者が市農協関係者のなかにはあつたようで、右の二月二六日の市農協理事会でも、副組合長の坂本がそのような説明をし、「課税対象」が問題となり、坪川が、税務署で認めて呉れれば、対象とならないという返答をしていることが、議事録からうかがえるのである(一審判決は「認めてくれればならない」という言葉を「理事会が」と誤解している、三一頁)。もつとも、公社が補助金を出せないことは明らかで、現に、公社側で、覚書の原案の補助金という表現の代りに「建設準備金」(稟議書)もしくは「建設資金」(覚書)と改め、さらに、それに「農協が旧地元所有者から土地を購入し当公社に譲渡するまでにかかつた費用に相当する額」という説明まで附加せられ、市農協側の希望通りの表現にはなつていないので、一審判決はこれを無視したのかも知れない。しかし、市農協側では、一旦は市公社から土地代として受領しておいても、後日市当局と交渉して覚書分を市から補助金として貰つたという形にもつて行けることを期待していたようであつて(第一審第二回公判における坂本証言)、現に契約締結後覚書分の支払期日(九月一日)が来る以前の四九年七月前後頃に、坂本が天井に対して「一億を公社の方から、市の一般会計に入れて、補助金として出す訳けにはいかないか」と申し入れており、天井に「ダメです」と断られたという事実があつたということ(天井、四九年一一月二四日付検面三項)は、市農協側で考えていた覚書分の税務対策を伺わせるものであつて、市農協としても、当初は、覚書分についての納税を合法的に避ける方法があるだろうと期待して動いたものと見られ、決して当初から現に行なわれたような逋脱を実行する意思でいたわけではないと見るべきである。

3 右のように市農協自体が当初から覚書分を秘匿することを企図していたわけではないのだから、天井が二本立て方式の承認によつて市農協の脱税工作に協力する意思を有したものでないことは当然である。このことは、本件明里の土地が坪九万円を下らないことは、当時(四九年始め)、既に公知の事実であつて、それを坪五万円そこそこで公社が買つたなどといつても(売買契約書の金額だけからはそうなる)、通る状況ではなかつたことから見ても明らかなはずである(県の四九年度当初予算要求説明書中には、婦人児童課相談室や物産観光センター用地として、右の土地を「坪単価九万円で福井市土地開発公社より購入」予定ということが明記されているが、この予算要求は各担当部課が前年一一月中に管財課に提出しているのである)。

4 右のことは、さらに、市公社における本件土地代金支払の状況、その経理の仕方を見れば一層明らかである。何故ならば、市公社では、当初から売買契約書分と覚書分を合わせた合計三億八一、四二二、四五四円が「土地買収費」(四九年二月二日付決裁伺書)であり、「用地取得額」(同上、記)として決裁されており、その後の支払いに当つても、すべて明里の土地代として処理されており、一審判決が脱税目的で作られたという覚書の一億四千万円も、市公社では、四九年九月二一日、市農協から「明里用地売買代金支払いに充てるため、公共用地買収代金」という名目で借入れ、右土地代金として同農協に支払つているのである。さらに、後日、右土地を県に譲渡する際に県の豊住総務部長と大武市長との間に取交された「覚書」の原案には、右の土地代は「乙(市公社)が福井市農業協同組合にすでに支払つた価格三億、八一、四二二、四五四円および乙が同組合会館建設補助金として支払予定の一億円を加算した四億八一、四二二、四五四円とする」(右の原案中の「同組合会館建設補助金として」という一句は、正式の覚書では削られているが)とあつて(弁証三八号)、覚書分はここでも土地代の一部として扱われていることは、公社の経理処理と関係記録、書類を見れば一目瞭然としているのである。天井が、市農協の脱税工作に協力したものとすれば、これらの点についての公社の経理の仕方にも何らかの工作のあとがあるはずであるが、そのような痕跡はひとつも見出されないのである。最初の二本立て方式による契約締結のときから、天井に市農協の脱税工作に協力する犯意があつたと認定することは不可能である。

B 四九年一月二三日付市農協からの会館建設補助金一億円増額陳情と本件追加一億円の関係について(佐伯、控訴趣意書第一点の三)。

1 一審判決は、四九年一月二三日に市農協から出された会館建設補助金一億円の増額陳情は、坪川が独断で二本立ての契約交渉を円滑有利に進めるために提出したもので、天井もこれに応じて二月四、五日の市長の予算査定にそれが持出されたとき「この件は明里の土地代の中で処理解決ずみであるという趣旨の説明」をし、市長は十分理解しないまま「うんうん」とうなずいた程度で済んだと判示し、結局、右の一億円増額陳情は「覚書」の一億四千万円で片附いたのだと認定しているのである。しかし、それは全く誤りであつて、右の一月二三日の陳情は、実はその前年の四八年一一月二四日付の増額陳情(弁証二〇号の三)を受けたもので、そのときの陳情には金額が明示されていなかつたため、市財政課員の注意を受け一億円という金額を明示して重ねて陳情したものであることは、両陳情書を対照すれば明らかである。

2 なお、市長査定の際、島田市長は補助金増額には消極的だつたが以前の三分の一を補助するという約束もあつて無視するわけにも行かぬので、天井が明里の土地は結局県に買つて貰うのだから、その県への譲渡の過程で解決してはどうかといい、結局そういうことに決まつたというのが真相であつて、実際のその後の経過、特に島田市長の死後市長となつた大武市長の事務引継の際の「市長事務引継事項」(弁証二二号)の記載や、農林部の新旧部長の「事務引継書」(弁証二一号)によつても、それが後まで懸案として生きていたことが明らかであり、さらにそれが県との話し合いの結果、県が右の増額陳情分に見合う一億円を含めて、市公社が農協から買受けた代金より一億円高く買取つてくれることによつて解決したことは、前記の県の豊住総務部長と大武市長との覚書の原案等によつて全く疑問の余地がないのである。一審判決のように、右の一月二三日の増額陳情が、本件二本件立て方式の覚書分の一億四千万で解決ずみだつたと解する余地は全く存しないはずであるのに、一審判決は、右に揚げたような公文書上の明白な諸根拠を「大した意味はない」(二一四頁)とか「さしたる意味を有するものではない」(原判決七丁)と称して強いてこれを無視しようとしているが、その証拠無視は余りにも明らかである。

3 右のように一月二三日の陳情が、県に一億円高く買つて貰うことによつて実現したものであることを否定し、右陳情は覚書の一億四千万円で解決ずみだつたという見当違いの事実認定をしたために、一審判決はこの県から出た追加一億円について「えたいの知れない政治的加算金」だなどと判示せざるを得なくなつたのである。

4 なお、一審判決は、

イ 天井は、「市公社は県と市農協との間の明里用地売買の斡旋者に過ないというが」市公社は市農協、県との双方と明里の土地の売買契約を行つた「れつきとした当事者であつて、単なる斡旋者と目すべき余地はない」と論難し、さらに、

ロ 市農協から追加一億を早く県から貰つてくれと要求されたとき、公社事務局長岡藤に対して「こんなもん、市長に分つたらどうもならんな」と困つていたということを特筆している。しかし、まず、

 市公社は、いかにも形式的には、市公社は双方に対して契約当事者である。しかし、その取引の実質をみると、市公社としてはパークアイランド方式による駐車場建設計画を地元から拒否された後は、明里の土地を自ら取得する必要はなくなつていたのであつて、ただ県側はその土地に物産観光センターあるいは婦人、児童相談書を建設する計画を有し、そのためその土地の取得を希望しており、その計画は市としても歓迎するところであつたが、市農協では県でなく市に買つて貰いたいと強く希望したために、それでは一応市公社で買受け、それを県に譲渡することにしようということになつたのである。なお、その県への再譲渡に当つては、前記の市農協からの補助金一億の追加陳情をも考慮して、県には公社が買つた代金にもう一億円プラスした約四億八千万円で買つて貰うよう交渉して諒承を得、かくして県から払われた土地代は全額市農協に渡つているのてのある。市公社しては、この明里の土地を取扱つたことによつて一銭の手数料も取得してはいないのである。従つて、市公社がやつたことの実質は、正しく県と市農協との間の斡旋に過ぎなかつたといえるのである。次に、

 市農協からの追加一億円を早く欲しいという要請については、市公社ではちゃんと五〇年一月二三日、そのための理事会が開かれ、そこで県との契約によつて受取るべき追加一億円を県の了解を得てその期日前に立替え支払う旨が決定されているのであつて、市長に分つたら困るような事情はなにもなかつたのである。一審判決が重視する岡藤供述のような話は全然存しなかつたのである。岡藤が明里の土地を県に一億円高く買つていただいたというように説明したのに対して、補足説明に立つた天井が、局長は公社が県一億円高く買つてもらつたといつたが、そうではなくて「公社は全く斡旋業務をしたということであつて、一億円高く処理しているということではありませんのでこの点だけはひとつ了承いただきたい」と特に発言していることが重要である(市公社第五回理事会議事録末尾)、これを見れば、同人が、市公社が市農協から買取つて県に売つたことになるという形式上の問題よりもそのことの実質的意味を重視していたこと、そのため市公社としては、単なる斡旋業務をしただけだと信じていたことが伺われ、その心境が、一審判決のいうような市農協の走狗となつて、その脱税工作にまで協力、荷担することとは全く程遠いものであつたことが明らかである。

C 一審判決の採証法則違反(佐伯、控訴趣意書第二点、第三点、第四点)

原判決は、証拠の採否を誤つたために措信すべからざる証拠を絶対視し、明白な客観的事実で歪曲している。

1 天井供述の理解の誤り それは、まず、被告人天井の供述に関して、当初から被疑事実を一切否認していた同人の逮捕(昭和五一年一一月一〇日)後二週間経つた後にやつと作られた自白調書(一一月二六日以降)を、同人が反省して態度を軟化させた後の任意の自白であつて具体性があり他の関係証拠、特に上田三良、天谷甚兵衛、岡藤昭男、後藤成雄ら事件関係者の供述または客観的関係ともよく合致するから十分に信用できるといい、逆にそれ以前の全面否認を内容とする検面調書(一一月一七日付、同一八日付、同二四日付)、それらと同じ内容の同人の公判廷の供述は「不自然、かつ不合理」で、部下に責任を転嫁するため「事実を歪曲、強弁する傾向が顕著に看取できる」から措信するわけにいかないと極論している。しかし、天井が、二週間後突如一八〇度転向して事実を認めたのは、それまで専ら追究されていた追加一億円が県から出た経過について、県の豊住総務部長と大武市長との間に交わされた明里の土地の譲渡に関する覚書の原案があつて、それには県は市公社が市農協に支払う予定の会館建設補助金一億円も買受代金に入れて支払うという趣旨が書いてあつたことを思い出して述べたところ、同人がいうとおりの書面が出てきたために、検察官の政治的加算金だという捜査方針の見当違いだつたことが分り、担当検事も、「これでは問題にならないな」と述べたような事実があつて、天井本人も面会した弁護人も、これで問題は解決した、もう釈放されるだろうと安堵したとたん、検察官の態度が一変し、本件公訴事実の文書偽造と法人税逋脱幇助(一審判決の判示第一、第三の事実)について、それまでに作成されていた前記上田、岡藤、後藤、天谷等の供述前提として、それに違いないだろうと厳しい追及が開始されたため、狼狽した被告人はそれらについては前から述べているとおりだと申し述べたがさらに受入れられず、逆に否認するならいつでも勾留するぞと脅かされ、遂に何が何だか分らなくなり、検事のいうとおりの調書に署名してしまつたというのである。この供述は、筋道が立つており、十分に説得的である。逮捕以来二週間も一貫して続いてきた否認が、突如、逆転して自白になるなど異常なことであつて、一審判決判示のごとく、単に反省して態度を転化したからだというような説明で済むことではない。右のような天井の供述の真実なことは、

イ 同人が獄中から一二月五日に施行予定だつた衆議員議員選挙に不在者投票をしていることによつても裏付けられている。実際には、同人はそれ以前(一二月一日)に釈放になるのであるが、同人がこのように不在者投票までしたことは、同人が検事のいうとおりに勾留がいつまでも続くものと信じ込んでいたことの証拠である。このことは、さらに、

ロ 天井自白が合致するといわれる上田、岡藤、後藤の各供述調書の作成日付が、いずれも天井の自白調書より以前のものであること(岡藤のそれは、五一年一一月五日、同一四日付であり、後藤のそれは同月五日、八日、一一日、一六日、一七日付である)からもいえることで、それらは一審判決の判示とは逆に、天井に対して自白を迫る材料として用いられたものであることを示している。真相をいわぬので追究した結果やつとその頃認めたという倉田検事の証言(一審第四〇回公判)はこれを示しているように思われる。

ハ 一審判決は、それらの屈服後の自白調書には具体性があり客観的事実関係とも合致するというが、実際は逆で、例えば一一月二七日検面には、さきの一月二三日付の陳情書の補助金一億円追加の問題は「明里の土地代三億八千万で解決済みだつたのです」というような客観的にはあり得ないことまで供述したことになつているのであつて、しかも一審判決はそれをそのまま措信して事実認定を行つているのである。

ニ さらに、一一月二九日付の検面調書になると、天谷の訪問陳情の際、天井が岡藤、後藤に対していつた言葉が、それまでの「できるならそうしてやれ」といつたのだつたという一貫した供述が抹殺せられ、「そうしてやれ」といつただけだつたことになつてしまつており、岡藤、後藤らの供述の線に並ばされているのである。これらの諸事実を正視すれば、一審判決の天井供述に対する判断が、いかに証拠と事実を歪曲する結果となつているかが明白である。

2 上田三良の供述についての判断の誤り

一審判決は、市公社の前事務局長上田三良の供述を全面的に措信し、特に、従来公社では土地を二本立て契約で買つたことは殆んどなかつたので、特に天井の指揮を仰ぎその承認と指示のもとに作業をすすめたのだし、農協が税を逋脱する方針でいることも報告しており、さらに本件の二本立て契約の稟議書類も自分で天井のところに持参して決裁を受けたのだという同人の証言をそのまま採用して、天井を有罪と認定したのであるが、そのような上田の証言は全く信用できないのである。何故ならば、当時公社でこれらの事務を実際に担当していた山田正邦は、一審公判(第二七回)で、

イ 市公社では、当時の激しい地価の高騰に対応するため、昭和四五年以降は、公共用地の先行取得の場合にも、後日の買収に備えて土地の単価をできるだけ低くおさえておくために殆んどの契約を二本立てでやつていたと証言しており、二本立て方式によることが決して上田のいうように特に指示を仰がねばならぬような異例のことではなかつたことを明らかにしている(別添資料一)。さらに、

ロ 本件明里の土地の二本立て方式の契約の稟議決裁も、担当者である山田自身、市財政課に持参し、通常の決裁手続をとつたと明言しているのであつて、事実現存する決裁伺書の記載欄には、天井の印のほかに財政課の公社担当の職員清水や岡本財政課長の印が押されていて、これら両名の事前の検討を経ないで、いきなり天井に話をもつて行つて決裁を受けたという上田の供述が全く信用できないことは明らかである。

ハ 一審判決は、また、上田が、覚書に「農協会館建設補助金」と出したいという農協側の要求を斥けて「準備金」としたと特筆しているが、実は、「準備金」でも困るという岡崎の意見で「資金」とされさらに「農協会館準備資金として支出する一億四〇〇〇万円については農協が旧地元所有者から土地を購入し当公社に譲渡するまでにかかつた費用に相当する額」という現在のような注がつけられたという経過―これも右の稟議決裁書類と山田証言により明らかである―からみても、公社では、上田以外に脱税に協力するつもりの者はいなかつたことが明らかである。

ニ また、山田証言によると上田は、決裁手続終了後に決裁伺書中の数字の訂正(本件と同じような数字の書えかえ)を平気で行なわせていたというのであつて(現に本件二本立て契約の決裁伺書の数字は書きかえられており、天井は捜査中それを見せられて驚いたと述べている)、細いことまでいちいち天井の指示を仰いだという上田の証言の信用できないことは明らかである。

3 天谷甚兵衛の証言の理解

天谷甚兵衛は天井に対して本件公文書偽造と脱税逋脱幇助を直接依頼したとされている市農協開発課長であるが、同人の公判廷証言は、陳情時間は僅か七、八分、一〇分くらいまでで、自分の陳情に対して、天井は「まあ農協がそんなに困つているんなら何とかできることならしてやれやというふうなことを、局長(岡藤を指す、弁護人)やら課長(後藤を指す、弁護人)やらに、言われたように記憶しています」というのであつて、「できることなら何とかしてやりたいなというふうに考えていただけるなという感じをもちました」が、その場では、覚書の一億と後の一億、「二つの一億の税金の面、そこでは出てこなかつたと記憶しております」ということに帰着し、検察官の執拗な誘導あるいは追及的質問によつても崩れることがなかつた(一審九回公判)。この天谷は、主尋問後死亡したため、検察官の主尋問だけに終つたのであるが、それだけ一層この証言には重みがあるのである。「できることなら何とかしてやれ」といつただけだという被告人天井の捜査の当初からの一貫した供述は、奇しくもその陳情に赴いた天谷本人によつてぴつたり裏書きされたのである。一審判決は、これらの天谷の証言をすべて無視して、ここでも専ら検察官によつて本来の供述を逆転させられた後の検面調書(一一月二七日付、同二八日付検面調書)のみによつて、税金のことも頼んだものと認定したのである。しかし、天谷の公判供述こそ信用に値するものであることは、

イ 同人が捜査の当初から、自分の陳情に対して天井は「そんなこと簡単にできんかな、農協が困つているんなら、できるだけそういうふうにしてやらなきゃならんな、お前らよく考えてやれや」と言つてくれたので、農協に帰つてから、小寺、岡本両課長にも「天井部長は出来るもんなら何とかしてやらなきゃならんなと言つていた」と連絡したと述べ、また、その際税金の話しをもち出したことはなく、その話はむしろ陳情を終つて財政課を出てから、局長、後藤課長と別れた際に、「後藤課長は契約書、覚書を差しかえることになつたら四〇〇〇万円支払調書を増しておくと言つてくれました。私は『そのようにお願いします』といつておきました」と述べていたこと(五一年一一月一二日付天谷検面二、三項)から見ても明らかである。なお、

ロ 陳情の席では税金の話は出なかつたという天谷の当初の供述が、捜査の最終段階で逆転しているが、それは同人の真意によるものでなく、むしろ取調官により強引に押しつけられたものであることは、それらの逆転後の供述調書の記載そのものが証明している。例えば税金の話は出なかつたというそれまでの供述が、「天井部長に対し税金のこともよろしくお願いしますという趣旨のことを言いました」と変るのは一一月二七日付検面調書(三項)であるが、そこには、そういつたのは「四千万円を覚書から契約の方に移すので、その分については税務署に出して貰うようにという意味」だつたとある。ところが、それが翌一一月二八日付検面になるとさらに一転し、今度は右の「税金のこともお願いします」といつた意味は、四千万円を支払調書に出してくれという趣旨ではなく、覚書の一億と追加の一億の税金を免れたいので、「そのように税務署に対して処理してほしいという趣旨でいつたのだ」という話に変つてくるのである。天谷の供述が取調官の意のままに飴細工のように自由自在に、天井に不利なように、不利なようにと変化させられていく様が目に見えるようである。

ハ 一審判決は、そもそも二本立て方式にしたことが脱税目的だつたのだから、「頭隠して尻隠さずにならぬよう税務調査に対する周到な配慮から」税務署に報告しないようにと依頼したのは、「極めて自然かつ当然の成り行きとして受取れる」(一八九頁)といつて、これらの天谷の一転後の検面調書こそ信用に値するとしているけれども、これに対しては、まず、それが二本立て方式を当初から脱税工作だという誤つた前提に立つているということのほかに、頭隠して尻隠さずにならないためだとすれば、税務署の調査は当然売手と買手の双方に及ぶことは常識であるから、契約書や覚書を書かえるだけでなく、市公社の契約書と覚書分の合計を土地代として処理している経理帳簿や証憑書類をも書きかえなければならぬはずであるのにそのまま放置されているという事実を指摘しなければならない。また、天井は天谷の依頼を、覚書の四〇〇〇万円を埋立補償費として明確にしてもらいたいという趣旨の依頼だと受取り、岡藤らにできることならそうしてやるようにと述べたのであるが、それは、そのためには書類の修正、変更も必要であろうが、それらは当然正規のルールに従つて行なわれるであろうと期待してのことであつて、後で後藤がやつたように正規の手続を経ずに勝手に作りかえられようなどとは夢にも考えていなかつたのである。そんなことをしても、他の関係書類とくいちがつて差しかえなど不可能なことは、現に後藤自身が作りかえてもそれを本物と差しかえることができずに自分の机の中に投りこんでいたという事実が証明しており、それこそ正に頭隠して尻隠さずであり、そのような見えすいたことを天井が知りつつ承認、もしくは指示したとは考えられないのである。

4 岡藤、後藤、岡崎の供述の理解

一審判決は岡藤、後藤の供述を被告人天井の屈服後の裏付証拠として重視している。しかし、それらが裏付証拠でなく押付証拠でしかなかつたことは上述したとおりであるが、さらに、

イ これらは、いずれも本件文書偽造および法人税逋脱幇助を直接実行した人物であつて、本来ならば実行正犯として逮捕、勾留され起訴せらるべき責任者である。しかし、共に、すべては天井の指示でいやいややつたことだから全責任は天井にあると取調官の期待どおりの供述をしたため、逮捕はおろか起訴も免れ、専ら天井に対する検察側証人として温存せられてきた人物であつて、天井は保釈後も保釈制限条項により同人らと接触することを禁止せられていたし、さらに同人らは法廷で証言する以前に、市農協側の被告人柳沢の関係で検面調書と違つた供述をしたため偽証だということで柳沢と共に逮捕、処罰された市農協の坂本や坪川らの実例を見せつけられていたために、証人として出廷した法廷でも自分の証言が検面調書の線から逸脱しはしないかと戦々恐々としていたのである。なお、本趣意書の第二点で特に問題として取り上げているように、後藤の場合には、―おそらく他の証人についても同様であつたと思われるが―証人として出廷する以前に、検察官に事前準備のために呼出され、忘れてはいけないと自分の検面調書の内容を聞かされてから出廷し、証言しているのであつて、かような証言には証拠能力があるかどうかという疑問があるのである。

ロ 一審判決は、両名の供述は責任転嫁的でなく、真実を曲げているような不自然な点もなく、具体性とを迫真性があると激賞しているが、しかし、右に明らかにしたように、本件に関して天井が述べた言葉は「できることならそうしてやれ」ということだつたのに、岡藤も後藤も、単に「そうしてやれ」といわれたというだけで、「できることなら」そうしてやれといわれたことを認めようとしなかつたのは―しかし、さすがの後藤も、結局「できるものならしてやれやと言うそんな表現ではなかつたかと思います」と述べざるを得なかつたのであるが(一審一八回公判四一丁)―そういえば、自分達の判断で行動したことになり、責任を負わねばならぬことをおそれていたからである。

ハ 一審判決が両名の供述に具体性、迫真性があるという理由として掲げるところの陳情後の帰り道で二人が無理なことを指示されたと互いに愚痴をいい合つたということも誠に怪しいのである。何故ならば、天井はできることならそうしてやるようにといつただけであることは、相手の天谷が裏書しているのであつて、何もできもしないことまでしてやれといつたわけではなく、そのような愚痴話がでるはずがないのである。

ニ 一審判決は、また、「天井の密接な関与を物語る決定的な一齣」として、後藤が、後日、市農協から届いた偽造の売買契約書と覚書を、岡藤に見せさらに天井に見せて報告し了承されたと確言している旨判示している(一六一頁)。しかし、そのことは、天井のみならず岡藤も一貫して否定しているところであつて、後藤の法廷証言も、「そういう記憶でございます」という自信なげな供述になつてしまうのである(一八回公判)。しかも、そのような本当に報告、了承まで受けた書類としては、その後の後藤の扱い方が余りに粗末であつて、本物の契約書や覚書と差しかえられてもおらず、机の中にほうりこまれたままだつたというのである。実は、後藤はそれらを岡藤、天井に見せずに隠しておいたのであつて、本件が問題となつてから、慌わてて本物を差しかえたものの、心配になつて岡藤に打明けその指示で責任回避的な説明文をつけたりしておいたものである。天井の密接な関与を物語る決定的な一齣だなどといえることがらではない。

ホ なお、岡藤、後藤の証言は、検面調書に較べると遙かに後退したものになつてしまつたことは一審判決も認めているところである(一五七頁)。岡藤は、天井は金額の訂正を諒解しただけで作りかえるとまでは思わなかつたはずだと述べ、また書類の変更についても、決裁を取れば取れないわけではなかつたのに、何故そうしなかつたのかと悔やんだと述べている。

ヘ 同人は、右の書類の作りかえが問題となりかけた頃、企業管理者に転じていた天井から、「お前まではまるんじゃないか」と注意されたことも証言している。

ト 後藤も、また、公判では、天谷の四〇〇〇万円を契約書に移して欲しいという話は、赤字になるのでは組合員に申し訳ないし説明もできないからということで、税金の話は出なかつたと述べ(一七回公判)、さらに、後日、岡藤同様、農協の坪川や天谷もきていた企業管理者の部屋で、天井から「何でも本当のことをいつてくれ」といわれたと証言しているのである(一八回公判)。これらのことからみても、天井が、岡藤、後藤らが真実を述べさえすれば、自分の潔白がはつきりすると信じていたことが看取されるのである。

D 原控訴審公判における事実調べの結果

原控訴審において、弁護人は、控訴趣意書で述べた諸事実を立証するために、天井本人の尋問のほか、大武幸夫、山本務、坪川均、坂本秀之、大橋茹、清水彰一、山田正邦、鷲尾昭兼の各証人尋問を申請したが、採用されたのは本人尋問と大橋、山田両証人だけであつた。

1 被告人は第二回、第三回、第六回の三回に渡つて、事件の真相と信ずるところを供述したが、特に、

イ 自分が市農協に上層部と癒着し、ついにはその忠実な走狗と化したと判示した一審判決がいかに偏つた見方であるかということ、

ロ 上田三良の証言の信用性に関しては、新たに、就任した財政部長としての予算査定に忙殺されていた一月中頃から月末までの間に、上田が三、四回もやつて来て、岡本財政課長も同席しているところで長々と話込むようなことはあり得なかつたこと、二月一日に二本立て契約の稟議決裁書類を上田自らもつて来て自分に説明し決裁を求めたことはないこと、むしろ、自分が財政部長に就任する以前の昭和四八年一〇月頃には、明里の土地について、既に、市は最終的には県が所有者となることを承知のうえで市農協と同土地を買取る話を進めており、しかもその衝に当つていたのは上田であつたこと、そして、その頃には同土地の値段が坪九万円だということも決まつており、現に同年秋に作成された県の婦人児童課(厚生部)や中小企業課(商工部)の四九年度予算要請説明書には、いずれも、福祉施設敷地もしくは物産観光センター敷地として右土地を坪九万円の単価で、市公社から買取るという計画が明記されているのであつて、上田が一月中頃以降になつて市農協と値段の交渉をし、一〇〇〇万円値切つたというようなことはありえないことを説明し、さらに、

ハ 法廷証拠とされている二月一日の稟議決裁書類の金額が訂正されている点について上田が決裁を受ける前に訂正、記入したと証言していることに対しても(一審一五回公判一四丁以下)、それは自分が決裁したときになかつた書入れであつて、検事調のとき始めて見たものなので、「これは何ですか」と尋ねたことがあると述べており(原控訴審六回公判三八丁)、

ニ なお、稟議決裁の在り方については、盲判ではないかという主任裁判官の問に対して、自分のところに書類が回つてくるまでには、必らずまず部下の担当責任者―公社関係であれば、財政課の清水―が厳重に検討し、さらにそれが岡本財政課長のチェックを受けた上で、問題がないということになつて始めて自分のところにくるのであるから、自分(局長)としてはそれを依頼して、表紙、あるいは「鏡」をみて、ポンポン決裁していくのが通常で、特に問題があれば担当者が注意書きか付箋をつけてくるので、その場合は別で内容も注意してみるのだということを、スタッフとラインの関係をひきながら供述しているが(二回二二丁以下、三回一丁以下、六回四一丁以下)、二月一日の二本立て契約の決裁書類にも、合議課にあたる財政課の清水と岡本課長の捺印が天井のそれと並んで押してあり、五〇年一月二八日決裁の支払調書の決裁欄も同様であつて、上田や後藤、岡崎らの供述が真実を伝えたものでないことを明示している。

ホ 主任裁判官は、また、天井が天谷依頼の際、岡藤らに対して単に「できるならそうしてあげなさい」といつただけだつたということに対して、それでは「なにもアドバイスにならないではないか」とか「意味のない返事ではないか」と問うている(三回公判三二丁以下)。それだけでは、どうすればそれができるか分からないという意味のようである。しかし、被告人からすれば一億四〇〇〇万円のうちの四〇〇〇万円を埋立て補償費として明確にしてもらいたいという申出であるから、そのように文書を訂正する手続きをとればよいのであつて、自分としては岡藤らが筑田専任理事と相談して農協からこういうように文書訂正してほしいというような文書を出させ、それについて、公社で協議したうえで稟議決裁の手続のため起案を起こして出してくると思つていたというのであつて、当て職の常務理事としては当り前の応対であつてすこしもおかしくはない。事務担当者の山田正邦証人も全く同様の説明をしている(七回公判二九丁以下)。

ヘ 一審判決が、一月二三日の坪川の会館建設補助金一億円の追加陳情について、被告人天井が市長査定の席上、それは明里の土地代三億八千万円で解決済みだと説明したと記載されている一一月二七日付検面調書こそ真実を述べたものであると認定したことに対しても、それは客観的事実に矛盾する全くの押付け調書であつて、実はその陳情は前年一一月二四日付の追加陳情を受けたものであり、財政課の野田から財政部長の予算査定までに金額を明らかにして出しておくようにと注意されたため提出されたものであり、それについては、島田市長査定では補助金の追加支出は無理であるから、明里の土地の県への譲渡の過程で考慮しようということになつたのであること(明里の土地代で解決済みならば、その決裁は二月二日に済んでいるのだから、二月五日の市長査定にもちだされるわけがない)、被告人ら市側としては明里の土地と幾久のグランドとの交換を考えていたが、県側の都合でそれが望めないことになつたため、それを県に買取つてもらう話となり、その過程で県に補助金一億追加分も見てもらえるかどうかが話し合われたが、結局、県としては補助金でなく市公社の買値より一億高く買おうということになり、県の豊住総務部長と島田市長の後任の大武市長との間の「覚書」交換となつて片づいたものであること、

ト この間島田市長の死去と市長選挙における大武氏と、被告人柳沢との一騎打になり、天井は大武氏を支持して選挙戦を戦つたのであつて、決して市農協幹部の走狗ではなかつたこと、しかし、市農協側に対しては右の島田市長の方針が伝えられてあつたため、市農協の柳沢から三億八千万は安すぎた、もう一億よこせという話があり、被告人は「アナタの方が県と交渉して、明里の土地を一億円高く買つて貰えるよう話をつけて下されば、果実は全部差し上げますよ」と答えたこともあつたが、更に同人や坂本らから県との交渉を進めるよう要求され、市長選の告示前に被告人が県の豊住総務部長のところに交渉に行くと、知事にも市農協から補助金の話がもち込まれているらしいことが判つたこと、結局、市農協の補助金一億の追加陳情は県が一億円高く買つてくれるということで話がついたが、県の総務部長と市長との間に交された覚書の原案には、市公社が市農協に「会館建設補助金として支出予定」の一億円という趣旨まで書かれていたこと(正文では削られたが)、

チ しかし、後に明里の土地の県への買取り(一億円の追加支払)が問題になると、県と市農協の関係者は一せいに知らぬ、存ぜぬ、そんな交渉はなかつたという態度をとり、被告人にまで箝口令をしこうとするようになつたため一層疑惑を深めたこと(二回公判五三丁以下)、被告人がたまりかねて市農協の坂本や坪川らに、「各人勝手な作り話をしないで、皆本当のことを話してくれ、自分は市農協の強い陳情によつて県にいろいろ交渉して敢て苦労をしてあの追加一億円を貰つてあげたのではないか」と直言したこと、その後で市農協側で「確認書」なるものが作られたようだが、それも各自の思わくがからみ、自分の考えとは違つた内容になつているらしいこと、しかし、一審判決はそれまで天井の証拠隠滅工作と受取るに至つたこと等を供述したのである。

2 大橋、山田両証人の証言は、いずれも被告人天井の供述を裏付けるものであつて、

イ 大橋証言は、一一月二六日以後、天井の供述が逆転したことは、その前日面会した弁護人として想像もしなかつたことであることを明らかにしているし、

ロ 山田正邦証言は、当時公社の実務を担当していた職員として、上田三良が、明里の土地について市農協や県側と、既に四八年の秋ころから交渉に当つており、決して一月以降に天井の指示によつて始めたものではないこと、また、二本立て契約案も市農協の要請によつて上田が作り、自分がそれに基いて素案を作成したものであること、昭和四五年以降は二本立て、三本立ての契約はむしろ原則で、七割までは、地価を低くおさえておくためそうしていたのであつて、それらの書類は「永久保存として現在も公社に残されている」ということ、二本立て契約の決裁を受けに行つたのは、上田でなく、自分であつて、「財政課に行き、まず、公社担当の清水さんのところで、私が説明しております」と証言しており(第七回公判)、さらに証拠の二本立て契約の稟議決裁書類の金額の訂正も、決裁後に上田の指示によつて訂正、記入したものであることを証言し、上田三良の証言の信用できないことを明らかにしているのである。

3 最後に、相被告人の柳沢義孝は、従来、補助金一億円の追加陳情ならびに県に対する働きかけについては―県知事との密接な関係が問題とされることを警戒したのであろうか―一切、知らぬ、そんなことはないの一点張りだつたのであるが、控訴審公判に至つて、始めて、この追加一億円についても、自分が議長をしている時分でまだ組合長になる前だつたと思うが、「天井さんが私に、県の方と話しているんで、またひとつ知事に会つたら頼むといわれたのは聞いております」と述べるに至つた。もつとも、直ちに「しかし、私は直接その話を県にもつていつたことはございません」とつけ足しているのであるが、とにかく右のようなことを認めるに至つたことは注目に値する(第五回公判六七丁)。これは、一審判決も認めているように、三月半ばごろ、組合長になつた柳沢が助役室にやつてきて助役や天井らに対して、売値が安すぎた、もう一億円貰わねばならぬといつたので、天井が「アナタの方が県と交渉して、明里の土地を一億円高く買つて貰えるよう話をつけて下されば、果実は全部差し上げますよ」といつたと供述しており、それは、さらに三月下旬頃柳沢がまたやつて来て、「県でも一億円の助成について検討する意向があるといつているから事務的に話を進めてくれ」といわれたという話に連なるのである(天井五一年一一月二六日付検面二、三項)。

三、原判決の判断と事実認定

原審裁判所は以上のような被告人、弁護人の控訴申立に対して、一審判決の判示第三の二を事実誤認として破棄したが、その他の事実については一審判決の認定を維持し、あらためて、被告人に懲役六月、二年間の執行猶予を言渡した。右の第三の二(追加一億円についての市農協の法人税逋脱幇助)について無罪とした原判決の判示は誠に正当であるが、それ以外の一応有罪認定を維持した部分においても、以下に見るように、一審判決の事実誤認が諸所に指摘されており、それらと右の無罪認定の部分とを総合すれば、有罪とされた部分も実は、無罪とすべきではなかつたかと考えられるのである。

1 原判決の判示第二の一(一〇丁以下)は、一審判決が追加一億円の支払は、四九年一月二三日の農協会館建設補助金一億円の増額陳情とは無関係に被告人天井と柳沢らとが画策して捻出することに成功した不明朗な「政治的加算金」であるとしたことの誤りを主張した弁護人の控訴趣意のうち専ら大橋弁護人の主張を対象として、一審判決もそれが土地代の一部であることまで否定したものではなく、ただ、それが市農協と市公社との間の売買契約が締結されその代金支払も終り所有権移転登記の手続も完了した後に、組合側の代金増額要求に応える形で、市公社からそれが支払われた事情等を説明する便宜上、そのような表現を使用したものに過ぎないのであるから、論旨は、理由がないとしてこれを斥けている。しかし、この点に関する弁護人の主張の重点は、そのようなことよりむしろ、一審判決は、右の一月二三日の建設補助金の増額陳情書の問題は明里の土地代三億八千万円の中で解決済みであつて市公社が支払つた追加一億円とは何ら関係がないと認めたために、その後の追加一億円の説明がつかなくなり、何かえたいの知れない金のように考えて「不明朗な政治的加算金」だなどと判示するに至つたものであること、しかし、真相は、右の陳情書の処理については二月五日の島田市長の予算査定の場に問題として提出されたうえ、同市長の補助金としては出せないが、明里の土地を県に譲渡する過程において処理することにしようとの決定により懸案事項とされたもので、それが後任の大武市長に引継がれ、さらに被告人天井らが県側と交渉した結果、県が市公社の買値より一億円高い約四億八千万円で買取つてくれることになり、市公社はその値上り分の一億円を市農協に交付することによつて片づいたのだということに存したのである。一審判決の政治的加算金という判断は、このような事実の経過に対する重大な事実誤認に基くという弁護人の主張(佐伯、控訴趣意第一点の三、二一頁以下)に対する判断としては、右の原判決の判示は十分な答えとなつていないように思われる(判示第二の三も同様である)。

2 原判決の判示第二の二(一一丁以下)は、被告人天井の検察官に対する自白調書は任意になされたものでないという控訴趣意に対して、その「任意性に疑いを挟むような事情はなんら認められないとした」一審判決の認定を、「おおむね」(一二丁ウラ)あるいは「大綱において肯認することができ」る(一四丁)と判示している。しかし、そこには同時に、

イ 弁護人が指摘したように、それまでの一貫した否認を一転して被疑事実を認めるに至つた当時、被告人天井が、「実際の勾留期間を越えて更に勾留を維持されるであろうと予測していたことは、同人が同年一二月五日施行の衆議員議員選挙当日にはなお勾留されているため投票場に出頭して投票することはできないであろうと考えて同年一二月一日福井拘置所内で不在者投票をした事実によつて裏付けられている」と認めており(一三丁)さらに、

ロ 同人の取調に当つた検察官が「市公社事務局長の上田三良やその後任の岡藤昭男及び同総務課長の後藤成雄、更には福井市農協側の天谷甚兵衛らが既にしていた供述のうちの相当部分を基礎にして、被告人天井に対して事案解決のための供述を迫つたであろうことは推認するに難くない」とも判示しているのである(一三丁)。

それにも拘らず、原判決は、天井の取調に当つた検察官が、無理に押しつけるような調べはしておらず、自白しない限り、いつまでも勾留を続けられると思わせるような態度もとらなかつたと証言しているから、供述の任意性を疑う理由はないというのである。これは、しかし、右の天井はずつと勾留されるものと思い込まされていたために不在者投票までしたという判示と矛盾しないであろうか。

ハ 原判決は、さらに、右の取調検察官が天井は自白した後に「許して下さい」という言葉を「心底から湧き出た」ものとして述べたと証言したこと、一審判決がそれを全面的に措信し、特筆大書していることに対しても、冷静に一歩距離をおいて対処し、果たしてそうだつたか「どうかという点は別として」と述べて、それを事実認定の資料から除外しているのである(一四丁)。

これらの事情を、さらに天井の自白に転じた後の検面調書(一一月二七日付)には、一月二三日の補助金一億の増額陳情の問題について、市長の予算査定の席で、自分がそれは本件「明里の土地代三億八千万円で解決済みだつたのです」と説明した旨の全く客観的事実と相反する供述記載―しかし捜査検事はそう思い込んでいたし、一審判決もそれに執着しているが、原判決は次にみるようにその誤りであることも理解している―があるという事実と考え併せるならば、この問題についての原判決の結論は、むしろ、右の判示とは逆に、それらの被告人の自白調書には任意性が認められないということであるべきだつたのではあるまいか。

3 原判決の判示第二の三も、追加一億円の性質について、一審判決がそれは四九年一月二三日付坪川均作成の補助金一億円の増額陳情書とは全く無関係に市公社から市農協に交付された正体不明の「政治的加算金以外の何物でもない」と認定判示したことの誤りを主張した控訴趣意書に対する判断であるが、関係各証拠によつても「坪川の陳情書提出の真意が奈辺にあつたのかは、結局理解し難いというほかなく」、その他一審判決の事実認定に沿うような供述もあるし、更にこの追加一億円が組合に支払われる運びになつたことを被告人天井が柳沢や坪川に伝えたときに、これが坪川の提出した陳情書の要望に応え補助金に代るものとして支払われる土地代金の増額分で、これで右の「一億円増額陳情に対する処理は終る旨を明らかにした形跡が認められないことなどを総合すれば」、一審判決の事実認定も「強ち実体に沿わないものとして排斥できないものがある」というのである(一七丁ウラ)。

しかし、問題は、一月二三日の坪川作成の補助金一億円の増額陳情書は、一審判決のいうようにさきの二本立て契約による明里の土地の代金三億八千万円の中で既に解決ずみだつたのかどうか、後の市農協に対する一億円の追加支払はそれとは無関係だつたのか、それともその増額陳情書は被告人らが県側と種々折衝を重ねた結果それが県に対する明里の土地の譲渡代金の一部として支払われることになつて片づいたのかということであつて、それが正体不明の政治的加算金以外のものでないかどうかも、この問題の決定にかかつているのである。原判決がこの点をはつきりさせないままで、一審判決の事実認定も「強ち実体に沿わないものとして排斥できない」などといつて済ましているのは、いささか一審判決に対する過保護たるの感を免れない。原判決はなお、右の追加一億の支払に当り特にそれがさきの補助金増額陳情分であると特に明言していないと判示しているけれども、天井はむしろ県との交渉を始める前から、坂本や柳沢らに対して、その分も含めて四億八千万円で買つて貰うよう県と交渉するのだから、農協側でも県に働きかけてくれ、そうすれば「果実は全部差し上げますよ」といつていたのであつて、(天井五一年一一月一七日付検面一七項、一一月二七日付二項、一一月二四日付一項)、市農協側でもそのことは十分諒解していたことであり、唯本件の問題が起こつたために慌てて知らぬ、存ぜぬ、聞いたことはないという態度をとるに至つたにすぎないのである。このことは、原審における柳沢の態度をみても明らかである(本趣意書第一点の二、Dの3、三七頁参照)。

しかし、ここで最も大事なことは、原判決が、一応右のように判示しながら、実は、この場合にも、以下にみるように一審判決の事実誤認と証拠判断の誤りをはつきりと是正しているということである。すなわち、原判決は(一八丁以下)、

イ 一審判決のように、坪川提出の陳情書の会館建設費用一億円の追加補助陳情が本件の「明里土地の売買契約にかかる代金額の合意によつて完全に解決済みとなる運びであつたとするならば(明里の土地の売買契約の稟議決裁は四九年二月二日に終つている、弁護人)被告人天井が、市公社側で既に右趣旨を十分了解していた同年二月五日の市長査定に右陳情問題を上程するのはそれ自体不自然なことである」と正当に指摘し、

ロ 更に、一審判決のいうとおりだとすれば、それが上程された以上、その市長査定の場で、それが解決済みであることを全員が意義なく了解、確認する等の措置が採られているはずなのに、その形跡が全くなく、これに対する方針決定も明確に定められておらず、むしろ後任の大武市長への「市長事務引継書類中に、右陳情問題が懸案として残されていることを意味すると解される記載があること」、及び、

ハ その大武市長が、いかに就任後間もない時期であつたとはいえ、一審判決のいうように「被告人天井の説明の趣旨を全く理解しないままに一億円もの追加金の組合への支払を認めたという点にはすくなからざる疑いを容れる余地がある」こと等、

を指摘したうえで、さらにこれらの諸事情を総合検討してみると、

ニ それが島田前市長の方針決定に従つたものかどうかは別として、「被告人天井としては、坪川均提出の陳情書の名義が当時の福井市農協の組合長山田等となつていたことから、右一億円の追加補助陳情が組合の理事者ら全員の統一意思に基づいてなされたものと理解したうえ、右一億円獲得の要望に応えるべく努力し、結局、補助金という名目ではないとしても、売買代金の追加増額という形で『追加一億』の交付に成功したものと認める余地も多分にある」と判示し、さらに、進んで、

ホ 「しかりとすれば、被告人天井からなされた『追加一億円』の支払経緯に関する組合理事らの事実認識の統一方を要求する原判示の電話依頼も、必ずしも原判示(一審判決)が説示するように証拠隠滅の意図に出たものとまでは認めがたいというべきである」として、ここでも一審判決の誤りを是正しているのである(一九丁)。

それであるにも拘らず、原判決の結論が、一審原判決に「所論のような事実誤認は存しない。論旨は理由がない」ということになつていることが納得しにくいのである。右に摘記したような原判決の認定からは、結論は、それとは反対に一審判決の事実誤認は明らかであるからそれは破棄を免れないということでなければならなかつたように思料されるのである。しかし、原判決の結論は明らかにそうではなかつた。何故このようなことになつたのかというと、その理由は次のことに尽きるのである。曰く、

「本件において『明里土地』に関し福井市農協が市公社から得た金銭的利益はすべて売買代金以外の何物でもないことは、柳沢も被告人天井も十二分に認識していたことが明らかであるから、組合が右売買代金の一部をそれが帰属する事業年度の益金から殊更に除外して法人所得を減少せしめ、もつて法人税を逋脱するものであることを被告人天井においても認識しつつ、原判決の『罪となるべき事実』第三の一及び二に各判示したような支払調書の提出を故意に怠るなど、逋脱の事実を当局が発見することを困難にするような行為を実行すれば、それが法人税法違反幇助罪を構成することは勿論であるし、原判決の『罪となるべき事実』第一に判示したような所為を敢行すれば、それが公文書偽造罪を構成することもまた明らかであつて、『追加一億円』と坪川提出の陳情書との間の関連が所論のとおりであるとしても、そのことによつて原判決の『罪となるべき事実』第一及び第三の一、二の各罪の成立が否定されるものではない。」(一九丁、二〇丁)。

しかし、右判示は、市農協が右売買代金の一部を当該年度の益金から殊更に除外して法人所得を減少せしめ、もつて法人税を逋脱するものであることを「被告人天井において認識しつつ」、一審判決の判示第一または第三の一、二のような「行為を実行」もしくは「敢行すれば」、それぞれ法人税法違反幇助または公文書偽造罪を構成することも明らかであるという、仮定的判断であつて、すべては、もし天井が市農協の脱税意図を「認識しつつ」行為したものだとすればという仮定の上に組立てられているのである。

しかし、被告人天井にそのような認識がなかつたことは、すくなくとも、ここで問題となつている追加一億円の支払に関しては、後に6でみるように、原判決自らもこれを肯定し、そのため一審判決の判示第三の二についてはそれを破棄し無罪と判示しているのである(原判決三七丁以下の判示及び主文参照)。原判決の前記判断は、第三の二に関して犯罪の成立を否定した自らの後(右三七丁以下)の判断とも明らかに矛盾している。問題は、何故にかくのごとく自明的ともいうべき自己矛盾をおかしてまで、控訴趣意を斥け、原判決には「事実誤認は存しない」という結論に固執しなければならなかつたのかということである。それが、やがて、冒頭の上告趣意第一点の主張に連なつてくるのである。

4 原判決の判示第二の四は、市農協が本件土地の売買契約を二本立てにしたのは必ずしも最初から法人税法逋脱を意図したものではなく、特に被告人天井は市農協がそのような意図であるとは思つておらず、同人にはそうと知りつつそれを幇助せねばならぬような利益も動機もなかつたという控訴趣意を斥け、「原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、明里の土地の売買契約が二本立てでなされたのは、一面、福井市農協の組合員でもある明里土地原所有者らの感情を考慮した結果採られた措置であるとともに、他面転売利益に課税される法人税を逋脱しようとする企図に出たものであり、被告人としても右事情を認識しつつ二本立て契約の締結に応じたとの原判決の事実認定は、優にこれを認定することができ、当審における事実取調の結果によつても右認定を覆すに足りない」と判示している(二二丁)。しかし、この場合にも、結論とその理由とし判示されている事実との間には大きなくいちがいがあり、必ずしもそのような結論にはならぬように思われるのである。すなわち、

イ 原判決は、その理由として、まず二本立て契約の発案者と目される坂本秀之とその同調者と見られる常務理事坪川均とが、昭和四九年二月二六日の組合理事会において、覚書の転売利益も法人税の課せられる組合の所得になることを十分に認識しつつ、他の理事の質問に応えて「覚書」に掲記される金額には「課税されないと説明」して全員の諒承を得たものであり、柳沢もそのことをよく弁えながら、後日、その分の法人税の申告をしなかつたものと認められるというのであるが、同時にまた、「関係各証拠のなかには、右覚書に掲記された代金額が課税の対象になるかどうかが論議された前記組合理事会の開催当時においては右金額と同額の補助金を福井市から交付してもらえるものと見込んでいたとか、又は税務当局が右金額に課税しないと認めてくれれば非課税となると思つていたなどという所論に沿う関係者の供述が散見されないわけではない」ことも認めているのである(二三丁)。しかし、それは単に関係者の供述に散見されるだけではなく、むしろ右の二月二六日の市農協理事会の「議事録」そのものに、副組合長の坂本が「市から本所会館建設資金として助成してもらうということで税の対象にはならないことになつています」と説明した旨の記載があるのである。覚書分は市公社から市農協に支払われる土地代の一部であること、また市公社が市農協に「補助金」を出せないことは明らかであるにもかかわらず、坂本が右のように市公社からでなく、福井市から会館建設資金として助成をしてもらうということで税の対象にはならないことになつていると説明したのは、同人らとしては、右の市公社から土地代の一部として受取つた覚書分の金額については、後日、市当局と交渉して市からの補助金になおして貰うことにより課税対象から外すことができるだろうと期待していたからであると解される。どういう方法でそう運ぶのかというと、同じ坂本が、後日、天井に対して、「一億円を市公社の方から市の一般会計に入れて、補助金として出す訳けにはいかないか」と申し入れているという事実が、それを示しているのである(天井、四九年一一月二四日付検面三項、尤も天井はその申出を「ダメです」とにべもなく断つている)。右の市農協理事会議事録には、さらに、右の坂本の説明に満足しなかつた理事の中から「課税対象」についての質問があり、これに対して専務理事の坪川が、覚書分の「一億四〇〇〇万円認めてくれればならない」と補足説明を行つているが、この舌足らずの言葉の意味について、坂本は「税務署に相談して認められれば税金はかからんという意味だと思いました」と証言しており(一審二回公判)、その通りだと思われる(尤も、一審判決は、これを「理事会」が認めてくれればという意味だと解しているが、それでは意味が通じない)。

このように、証拠そのものを仔細に見れば、市農協の幹部も二本立て方式による契約を締結した当時は、覚書分については合法的な方法で法人税を払わないで済む方法があるだろうし、その方法を講じようと考えていたと解されるのであつて、一審判決や原判決のいうように、当初から現に行なわれたような不法な方法でその分の法人税を逋脱しようと意図し決定していたものだと認定することは証拠の歪曲である。但し、この当初の方針は、実質上の最高責任者であつた坂本の市農協から農林県連への転出、坪川の柳沢関係の選挙違反による長期勾留、その勾留後の長患いといつた不測の障害が続出したため、当初予定されたように市当局との交渉が進まないうちに、納税期になつてしまつたりして、混乱の結果現に起訴せられているような法人税逋脱行為になつてしまつたのである。これらの法人税逋脱は、その申告、納入期における混乱状態において決定、実行せられたものであつて、決して最初の二本立て方式による売買契約締結のときに既に決定せられていたのではない。こう見ることに対して、原判決は「組合側の理事らが右のような本所会館建設のための補助金交付を福井市に真剣に働きかけたり、又は税務当局に右「覚書」に掲記された金額に対しては非課税にしてほしい旨要請のうえ折衝するなどという行動に出た事跡は認められない」ではないかと反論するのである(二三丁ウラ)。しかし、そのような働きかけがあつたことは、前記のように、坂本が天井に対して一億円を市公社から市の一般会計に入れたうえで、それを市の補助金として出すわけにはいかないかという話をもちかけたが断られているという事実が存することによつて示されており、決して働きかけがなかつたわけではなく、あつたけれども応じてもらえなかつたのである(別添資料二)。

ロ 原判決は、次に、四九年一月下旬ころ、市農協の天谷から明里の土地の売買契約の書類を二本立てにして欲しい旨の申入れを受けた市公社の上田三良は「直ちにその場で右目的が一面法人税逋脱にあたることを知り、自分の一存ではこれを応諾することの可否を決しかねたので、他の売買条件は双方の希望するところが全面的に一致したにもかかわらず、一旦市公社に戻つて、被告人天井に対してそのような自己の認識した所見をも説明して契約締結の可否について指示を仰いだ結果、同被告人から組合の要求に応ずるようにとの指示を仰いだ結果」そのような二本立て契約を結ぶに至つたものであつて、そのことは天井の検面調書(四九年一一月二九日付)にそれに沿う自白があるのみならず、その自白の内容が右売買契約締結の経緯事情の流れによく即応し、自然であることから明らかだと判示している。しかし、実は、上田が果たして判示のように市農協では覚書分を脱税するために二本立て方式の契約を求めているのだとはつきり認識していたのかどうかが問題なのであつて、同人は市農協の天谷の話について「向うとしても税法上の取扱いとか何とかいうようなことをうんぬん言つとりまして…これは税金を免れようという考え方で出てるんじゃないかな」と思つたが、なおその税金を免れるという意味も、自分は「両方にとつたわけですが、免れるというと何かその手続きの方法でもあるんか、それとも脱税をやるという考え方でやるんかというようなことであつたと思うんです」と述べ、そのいずれかは分らなかつたと証言しているのである(一審一五回公判二二丁以下、四九丁以下、これについて原審における当弁護人の弁論要旨二一丁以下)。その上田の報告を聞いた天井が直ちに市農協は脱税する腹を決めているのだと認識し、そのうえでその脱税に協力する意思を固めたという原判決及び一審判決の事実認定は、証拠の語るところに素直に耳を傾けたものとはいいがたいのである。なお、市公社においては、その以前から地価高騰に対処するため大半の土地売買契約は二本立て、三本立て方式でなされていたという客観的事実(山田正邦は、市公社にはこれらの書類が永久保存で現存していると証言している)を否定して、二本立ての契約は前例のないことだから特に天井の指示を仰いだのだという上田証言には、原判決のいうような信用性は認めがたいのである。さらに、また、右の上田の供述に沿う被告人天井の供述調書中の自白があるという指摘も、その供述調書(四九年一一月二九日付検面調書)は、さきに明らかにしたように(本趣意書第一点の三の2、四一頁)、被告人が認めねばいつまでも勾留するぞとせめられて屈服し、逮捕以来の一貫せる供述をひるがえして、上田の供述に無理に合わせられた供述なのであるから、その内容の合致には何の意味もないのである。

ハ 原判決は、さらに、被告人天井には一審判決がいうように市農協の法人税逋脱の企図を察知しつつ二本立て契約の締結に応ずることを指示し、あるいは市農協のための公文書を偽造したり法人税逋脱の犯行を幇助したりせねばならぬような何らの利益も動機も全然考えられないという主張を、次のような誠に特徴的な理由によつて斥けている。曰く、「記録により認められ、原判決も正当に認定、説示している福井市農協の福井市政において保有する勢力、影響や被告人天井の福井市及び市公社内における経歴、地位等を総合、考察してみると、被告人天井において、原判示公文書偽造や法人税逋脱幇助行為がよもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか事の重大性に思いを致すことなく、一方、これによつて『明里用地』を安価に取得することができるとともに、他面これが市政、市行政の将来の円滑な発展に資すると考え、組合の意に迎合して二本立て契約の締結を指示し、更には勢いの赴くところ原判示第一及び第三の一、二の各犯罪を実行するに至るということは十分に理解可能なことであつてそこに犯行の動機がないなどとはいえず、所論に関連する原判決の事実認定は優に肯認できる」(二六丁ウラ以下)と。これによると、被告人天井は、公訴事実となつている公文書偽造や法人税逋脱幇助行為をそのようなものとして認識しながら、「よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく」軽率に行動したものだとされていることが明らかである。しかし、そのことが公文書偽造であり、あるいは法人税逋脱の幇助であるということをはつきり認識していたのならば、天井ほどの経歴と地位の人物が、判示のようにそれが「よもや露見することはあるまいと安易に考え気を許」したり―原判決も「気を許したもの」と断定することは躊躇し「気を許したものか」という疑問形で推測の程度に止めている―「事の重大性に思いを致すことなく」そのような重大な違法行為に出るということは考えにくいことである。もし、真に「安易に考え気を許し」、「事の重大性に思いを致すことなく」行為したものであるとすれば、それは、むしろそれらの行為がそのような公文書偽造とか法人税逋脱幇助に該当するものであることに気づいておらず、知らなかつた(つまり故意ではなく、たかだか過失が問題となり得る心境だつた)ためであるとみるのが正常な判断である。それらが違法な公文書偽造であり、法人税逋脱幇助であるとはつきり認識していながら、それが「よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許し」「事の重大性に思いを致すことなく」行動するというようなことは―原判決の判示からはそういうことになる―通常の人間心理としては理解しがたいことで、そのようなことは余程特殊な精神状態の人間でなければ考えにくいことである。

なお、右の「よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく」行動したのだという右の判示は、公文書偽造、法人税逋脱幇助行為のみにかかるのか、最初の二本立て契約に応じた行為にもかかるのか、原判決の文章の構造上は必らずしも明確でない。しかし、文章の前後関係からみても、またそこでは二本立て契約の締結に応じた際の被告人天井の認識が問題となつているのだという点からみても、右の判示はこの点にもかかつているものと理解せざるを得ないであろう。すなわち、二本立て契約を承認指示したことも、それによつて明里の土地が安価に取得でき、他面それが市政、市行政の将来の円滑な発展に資することにもなると考えたので、それは市農協の脱税企図を助けることになることも認識していたけれども、よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく行つたものであり、それだから「更に勢いの赴くところ」公文書偽造、法人税逋脱幇助の犯罪を実行するに至つたのだと理解できるという趣旨であるかと解されるのである。しかし、さきに見たように、二本立て方式による契約の当時には、市農協の側にもはつきり法人税を逋脱する決意が固められていたわけではないのだから、相手方たる天井にもそのような認識があつたはずがなく、右のような特殊な心理状態で行動したことを考える余地もないのである。

5 原判決判示第二の五は、市公社から市農協に支払われた金員は全額土地代金として支払われ、経理処理もそのようになつているのであるが、もし天井が市農協の法人税逋脱を幇助する意図であつたのならば、当然公社の経理についてもそのための何らかの工作をしているはずであるのに、何らそのような痕跡が存しないことは、同人に市農協の脱税を助ける意思がなかつたことを示すものであり、さらにまた市と市公社の組織、内部統制、業務内容からみても、天井が決裁する前に、部下の財政課職員らによる厳重な事前検討が行なわれるのであつて、さらに、天井の決裁後市長(理事長)助役等の決裁があり、そのうえ二名の監事により監査がなされるのであるから、一審判決判示のような犯罪が行われる余地はないという控訴趣意に対する判断であるが、ここにも右に見たのと同じような問題がある。

すなわち、原判決は、まず、

イ 明里の土地に関し「市公社から市農協に対し支払われた金員が市公社側の会計処理上すべて土地買受代金の支払として支出された事実はある」といい、さらに「福井市及び市公社の職制上、所論のように、その内部統制組織がかなり整備されていたであろうことも推認できないわけではない」と述べて控訴趣意の主張を認めながら、ここでもまた、「それだからといつて、事実が露見するかも知れないことに考え及ばなかつた被告人天井が組合の依頼に応じ、『明里』買受代金を書面上二分割し、そのうちの覚書分を税務当局に秘匿することに協力し、後にその金額を直して偽造し、更にその支払事実を税務当局に通知しないように指示すること等により、組合の実行する法人税逋脱行為を容易ならしめてその犯行を幇助することがあり得ないなどといえないことは多言を要しない」と断定するのである(二九丁ウラ)。

ロ しかし、この断定は、「あり得ない」とはいえないという可能性の判断にすぎず、しかもそれは被告人天井が、二本立て方式がもともと脱税のための工作であると承知しながら、その「事実が露見するかも知れないことには考え及ばなかつた」ものとすればという仮定のうえに立つているのである。しかし、原判決も認めているような市や市公社の実情からは、むしろ、天井は、当時、市農協が法人税を企図していようなどとは全然思わないで(上述したように市農協にもそのような企図がなかつたのだから、それは当然のことであるが)、二本立て方式の契約に応じたものであり、さらに後日の天谷の依頼(判示第一)も公文書偽造の依頼だなどとは思わないで、簡単に岡藤らに「できるものならそうしてやれ」といつたのであり、支払調書の決裁(判示第三の一)も、回つてきた稟議決裁書類の表紙(いわゆる鏡)に既に部下の財政課の公社担当職員清水や岡本財政課長の検討済みの押印があつたので間違いないと信じて決裁印を押したものであり、それに一億円の記載漏れがあることなど夢にも思つていなかつたのだと見るのが自然であり当然である。そこに問題があるとしても、それはせいぜいもつと注意したら気づいたのではないかという過失責任の問題だけであると考えられる。証拠上認められる公社の経理からは、判示のような書類の書替えや税務署への虚偽の申告をしても、公社の関係書類を調べられれば直ちに発覚することは必定であつて決して「よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許した」り「事の重大性に思いを致すことなく」軽々に承諾できるような状況ではなかつたのである。このように現実には考えられないような心理状態が原判決によつて繰返し強調されることは、被告人天井を有罪と認定するためには、それよりほかは方法がなかつたのだということを示すものである。

6 原判決判示第二の六は、被告人天井は天谷から一審判決判示第一及び第三の一、二の実行方を依頼されたことがなく、岡藤、後藤らに右所為の実行を指示したこともないという控訴趣意に対する判断であるが、それによると、一審判決の判示第一と第三の一に関しては、「原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、所論にもかかわらず、(中略)いずれも優にこれを肯認することができる」けれども、同第三の二の追加一億円の法人税逋脱幇助については、天谷の依頼もまた天井の指示も共にこれを認めるに足る十分な証拠がないとして、一審の有罪認定を破棄して無罪とされており、特に注目に価する。

イ まず、一審の有罪認定が維持された理由を見ると、市農協の内部で文書の書換方針が立てられ天谷が市公社に赴き、岡藤らに申出た依頼の内容は、「契約書」と「覚書」の両書面の各金額を変更したうえ、全く新しい書面に書き改め、偽造してほしいとの趣旨にほかならないと認められ、岡藤らはそれがそのように不法、不当な依頼だつたために、一旦は拒絶したものの、天谷のたつての依頼によつて、当時公務多端であつた被告人天井の許に案内したのであつて、そこで天谷が天井に依頼したのは右と同じ文書の偽造であつたはずで、「所論のように四、〇〇〇万円が埋立補償費であることをなにかの方法で明らかにしてほしいなと依頼するにとどめる筈もないし、被告人天井にしても、以上のような状況下で岡藤らが天谷を態態自分の許に連れてきてその要請を直接伝えさせたのは、単に漠然たる助言を求めるためでないこと位は分つていたと思われるのに、これに対して、それが可能なことかどうか考えて、可能なことであるならば市公社内部の職制、機構に従て、稟議、決裁の手続をとつたらよいなどと、これまた依頼に対する応答としてほとんど意味をなさないことを、単なる助言として岡藤らに述べただけであるとは到底考えられないところである」(三四丁)し、またその際「天谷が、被告人天井に税金のこともよろしくと法人税逋脱に対する協力依頼をすることもまた事態が推移してゆく一連の経過として筋が通つていると認めることができる」(三五丁ウラ)というのである。そのような判断の根拠として、被告人天井の自白を内容とする検面調書、天谷の検面調書、岡藤、後藤の証言があげられ、それに反する天谷の法廷証言は「不自然で信用できない」とされている。しかし、これに対しては、次のような事実を指摘しなければならない。

まず、天谷の陳情を受た天井には、問題が覚書の四、〇〇〇万円が埋立補償費だということを明らかにしてほしいというようなことでなく、むしろ契約書と覚書を作りかえて欲しいという依頼であることや岡藤らが同道したのも単に漠然たる助言を求めに来たものでないこと「位は分つていた」はずで、さらにその場で天谷が「税金のこともよろしくと法人税逋脱に対する協力依頼」をしているものと見ることも「一連の経過として筋が通つていると認められる」などという判示は、原判決が、事件を、専ら文書の書換と法人税の逋脱を考えていた市農協と、天谷の依頼に応じて結局文書偽造や税逋脱を幇助してしまつた岡藤、後藤らの側からのみ眺め、右の陳情を受ける側である天井の立場から見ることを怠つたために生じたものである。この点については、まず、

 天井は、原判決も認めているように、「当時極めて公務多端」で、特に財政部長としての予算査定に昼夜忙殺されていた時分で、天谷には、昼休みの間の僅かな時間―天谷によればそれは「七、八分から一〇分くらいまで」だつたし(一審九回公判)、岡藤は「五分か一〇分」といい(一審一七回公判)、天井の検面(一一月二九日付)によれば「一〇分かそこら」であつた―会つて陳情を聞いただけだということを指摘しなければならない。しかも、

 その天井は天谷にとつては初対面の市の財政部長であり、しかも天谷が何の用できたのか全然知らなかつたのである。そのような初対面の財政部長に対して、天谷が、僅か一〇分足ずの短い時間で、それまでのいきさつを説明したうえで、露骨に公文書たる売買契約書と覚書を書換えて欲しい、そのうえ市農協の脱税にも協力して貰いたいという依頼までやつてのけることができたということが、果してそのまま措信できるであろうか、疑問なきを得ないのである。

 右の点について、天井は一貫して、天谷の話は覚書の四、〇〇〇万円が埋立補償費だということをはつきりさせて欲しいということだと受取つたので、岡藤らに、「できるならそうしてやれ」といつて話を終つたと述べているのであるが、原判決は、四、〇〇〇万円が埋立補償費だということを明らかにするだけでは意味がなく、文書書換を依頼したのだと力説するのである。しかし、それは市農協の立場から見ての話であつて、陳情を受ける側の天井としては、それだけの話として受取つたということは、右のような陳情の状況からみて、決して不自然でなくむしろ当然だと思われるのである。

 原判決は、また、天谷は「両書面の金額を変更したうえ、全く新しい書面に書き改め、偽造してほしい」と頼んだのだというが、これも依頼した農協側の話で、依頼された側では必ずしもそう受取つていなかつたのであつて、そのことは、岡藤も原本たる両書面の金額を訂正するだけの話と思つていたところが、後藤が原本に書き込んでみたところ、読みにくくなつたために、独断で新たに書き直し作りかえたのであると証言していることからみても明らかである(一審一八回公判一一三丁以下)。天井が右のように受取つたことは決して不自然ではない。

 原判決は、また「できるならそうしてやれ」といつたという天井の供述に対して、それでは「依頼に対する応答としてほとんど意味をなさない」とか、そのような漠然たる助言では、岡藤らが特に天谷を連れてきた趣旨に合わないとか論評していたが、重要なことは、この天谷陳情に対して被告人天井が述べた言葉は、唯右の「できるならそうしてやれ」という一言だけで外には何も述べていないということである。しかも、その一言については既に捜査中から「できるなら」ということをいい添えたのか、それとも単に「そうしてやれ」といつただけなのかが問題となり、岡藤や後藤らは単に「そうしてやれ」といわれただけだと述べていたが、陳情した当の本人である天谷は、捜査の当初から、天井は岡藤らに対して「できるだけそういうふうにしてやらなきゃいかんな、お前らよく考えてやれや」といつてくれたので農協に帰つてからも、「天井部長は出来るもんなら何とかしてやらなければならんなと言つていた」旨報告したと述べたおり(四九年一一月一二日付検面三項)、一審公判でも同じように証言し、なおその陳情の席では、覚書の一億円についても、また追加一億円についても、税金の話は出ていなかつたとも供述して(一審九回公判)、天井のいうことの正しいことを裏付けていることを指摘せねばならない。

その天井の言葉の意味は、原審で同人が説明しているように、それが可能なことかどうかを考えて、可能なことであるならば市公社内部の職制、機構に従い稟議、決裁の手続をとつたらよいということだとしか理解の仕様はないのである。これを助言として無意味だという原判決の判示は、法廷に顕出された証拠そのものの語るところに耳をかさず、証拠を離れてこうだつたはずだとか、こう考えた方が筋が通るといつた推測の積み重ねに傾いているといわざるをえない。

次に、原判決がその判示を裏付ける証拠として揚げている被告人天井の検面調書、天谷甚兵衛の同じく検面調書、岡藤、後藤の証言について一言する。

 まず、原判決が援用する天井の自白を内容とする検面調書というのは、さきに見たように逮捕以来依頼否認を貫いてきた天井が自白しなければいつまでも勾留しておくぞといわれて遂に屈服した後の検面調書(一一月二六日、一一月二九日)であつて、その任意性には大きな疑いがあり証拠とせらるべきものでないことは、さきに2で述べたとおりである(本趣意書第一点三の二、四一頁以下)。次に、

 その被告人の自白の内容が岡藤、後藤の供述のそれと符合するという指摘に対しては、その符合は決して天井の自白を裏づけるものでなく、むしろそれらが天井に対して自白を迫る材料とされたものであることを示すものであり(このことは両名の検面調書の作成日時が天井自白以前であることがより明らかである。本趣意書第一点の二のC、1、ロ、一八頁)、そのことは原判決自らも認めるところである(一三丁)ということを指摘しておく。

 原判決が援用する天谷の検面調書も、天井の場合と同じく、取調検察官によつてそれまでの供述を一転させられ、税金のことも頼んだという内容に変えさせられた後のもの(一一月二七日付、それはさらに翌一一月二八日付検面調書で再度変化している)であつて、とうてい天井自白の裏付けとなり得るものでないことも、さきに述べたとおりである(本趣意書第一点の二のC、3、イ、二三頁以下)。

ロ しかし、最も重要なことは、一審判決の判示第三の二(追加一億円についての法人税逋脱幇助)について、事実誤認としてこれを破棄し無罪としたことである。原判決は、その理由を詳細に判示しているが(三七丁以下)、それによると、

 市農協の幹部も、天谷陳情の際この追加一億分については考慮していなかつたのであつて(三八頁)、従つて天谷もその点について依頼をしたことはないと認められ、それを依頼したように供述している検面調書(一一月二八日付)は、「検察官から執拗に同じことを繰り返し追及された余り、そう言われれば右依頼をしたことがあるような気がしてきて肯定してしまつた」といい、その「録取された供述内容が自己の真意に沿わないものになつた旨」の天谷証言は信用できるとされている(四〇丁、四一丁)。

 その外、岡藤、岡崎もその話はなかつたと証言しているのに、

 ただひとり、後藤だけが天谷はその分についても依頼したという供述を維持したことになつているが、その後藤も、実は、当初、「税務署までの話しは出なかつたと思います」と述べていたのに、「その後検察官からの強い誘導的尋問に会つて、結局、『追加一億円』に関する依頼事実を認めるかのように供述を変えているもの」であつて、その「供述内容の真実性にはなお疑問が残る」と判示されているのである。

 最後に、天井の屈服後の自白を内容とする検面調書(一一月二六日付以降一一月三〇日付までの四通)については、その任意性までは疑えないけれども、同人は、「昭和五一年一月下旬天谷から文書の書換、偽造方等の依頼を受けた際、それがどれほど重大な意味をもつ行為であるかに思いを致すことなく、極めて軽軽にいわゆる天谷依頼に応じ、その要求どおりの事務処理をすべきことを岡藤らに指示した後は、『明里土地』問題が公に論じられるようになるまで、右事実をほとんど失念し、念頭になかつたことが優に伺いうるのであり、従つて、二年近くを経過した昭和五一年一一月の時点において、天谷依頼の趣旨を細部に至るまで確実に記憶し続けていたかどうかは相当に疑わしく、しかも所論のとおり同被告人は一一月二四日に至つて従来の徹底した否認の態度を一転させて全面的に事実を自白するようになつたもので、その間の転機の原因については当審における事実調べの結果を参酌してみても、なお真相を明らかになし得なかつたが、いずれにせよ、同被告人が自白することに方針を転換させた際…検察官の追及に従つて、軽率にも『追加一億円』分についてまで依頼があつたように思い込み、原判決判示第三の二の事実の自白までも安易にしてしまつたものと推認しうる余地が多分にあるので」、その自白部分もそのまま信用できないと判示しているのである(四三丁以下)。

弁護人からみると、徹底した否認の態度が一転して全面的自白になつた理由は、真実と信ずるところをどんなに訴えても耳をかされず、逆に自白するまではいつまでも出さないといわれ、本当にいつまでも勾留を続けられるものと思い込んで不在者投票まで行い、また坪川の補助金一億円の追加陳情は明里の土地代三億八千万円のなかで解決ずみだつたというあり得ないことを市長査定の席で述べたことにまでされている点からみて、検察官の圧迫により供述の任意性を失わされたものであることは明らかである。原判決は、この明白な事実に目を閉じ、「任意性についてまで疑いを挟むべき事情は認められない」などとしたために、この場合の天井の自白についても、検察官が激しい追及によりありもしないことまで認めさせたのだと率直に認めないで、自白に転換したとき、天井は「天谷から文書偽造のほか、税金のことも依頼された記憶があつたことから、勢いの赴くところ…軽率にも追加一億円分についてまで依頼があつたように思い込み、原判示第三の二の事実の自白までも安易にしてしまつた」というようなさらに説得力のないもつて回した説明をせざるを得なくなつたのである。そしてここでもまた、被告人は極めて軽率にないこともあつたように思いこむ人物にされているのである。

しかし、それはそれとして、原判決によつて、このように市農協の追加一億円についての法人税逋脱に被告人天井は全くかかわりがなかつたのだということが認められたことは、特筆すべきことである。しかも、このような原判決の判断は、実はこの第二の二の範囲内に止まらず、むしろ、それを越えて他の判示事実の事実認定にもする意味をもつといわねばならないのである。

四、原判決の事実誤認と法定手続の保障無視

以上見てきたところをまとめてみると、原判決は、追加一億円についての税逋脱幇助を正当に無罪としながら、その他の訴因については多くの点において控訴趣意の主張を認めて一審判決の誤りを正しながら、なお、それを破棄することを躊躇しており、甚だ首尾一貫しないのである。たとえば、

1 天井の自白検面調書の任意性について、逮捕以来二週間一貫してきた同人の徹底否認が一転して自白するに至つたことが、事実を認めなければいつまでも出られないと思いこまされたことと関係があることは、同人がその頃獄中から不在者投票をしている事実により伺われること、またその自白が、それ以前に作成されていた上田、岡藤、後藤、天谷らの供述調書をもとに取調官から厳しく供述を迫られた結果であることまで認めながら、その自白の「任意性に疑いを挟む事情はなんら認められない」とした一審判決を維持している。しかし、右のような事情が存したこと認める以上、結論は反対でなければならない。その原判決も追加一億円の脱税幇助については一審判決を破棄して無罪としたが、その場合にも任意性の否定に対する躊躇が付きまとい、それについての逋脱幇助まで認めた天井の自白検面調書が証拠にできないのは、任意性がないからでなく、任意に供述した天井は「検察官の追及に従つて、軽率にも追加一億円分についてまで依頼があつたように思い込み、原判決判示三の二の事実の自白までも安易にしてしまつたと推認し得る」からだというもつて廻つた一向説得力のない判示(四四頁)となつているのである。しかし、自白に転じた後の天井の検面調書は明らかに任意性を欠くものだから証拠となり得ないのであつて、このことは検察官の追及によつて税についての依頼を認めるに至つた後の天谷甚兵衛の検面調書にもそのまま当嵌るのである。

2 その追加一億円の性質と経過についても、原判決(第二の三、一四丁以下)は、一審判決の「事実認定も強ち実体に沿わないものとして排斥できない」などと述べて控訴趣意を斥けながら、実は、その判示中で、この追加一億円が市農協からさきに出されていた会館建設補助金一億円の増額陳情とは無関係な政治的加算金であつて、その増額陳情の問題は本件の明里の土地代三億八千万円のうちで解決済みであつたとした一審判決を否定し、陳情は懸案として残され、後日、被告人らが明里の土地を県に譲渡する際に市公社の買値より一億円高く買つて貰うよう県と交渉した結果、県が四億八千万円で買つてくれた代金から市農協に支払われたものであるという控訴趣意の主張を認めており、さらに後段(第二の六、三七丁以下)ではそれについての法人税逋脱を幇助したという訴因(第三の二)を証明がないという理由で無罪と判示しているのである。これは甚しい判決理由のくいちがいといわざるを得ないが、原判決が敢えてそのような矛盾をおかしてまで、一審判決の事実認定も強ち実体に沿わないものでないとした理由は、明里の土地に関して市公社から市農協に支払われた金はすべて土地代金であることは明らかであり、市農協がその代金の一部を益金から除外して「法人税を逋脱するものであることを被告人天井においても認識しつつ」一審判決の判示第三の一、二のような支払調書の提出を故意に怠るような行為を「実行し」、また同判示第一のような公文書偽造を「敢行すれば」、法人税法違反幇助または公文書偽造罪を構成することは明らかであつて、「追加一億円と増額陳情書との関係が所論のとおりであるとしても、右の犯罪の成立が否定されるものではない」からだというのである(二〇丁)。これは、しかし、もしも天井が市農協が法人税を逋脱することを「認識しつつ」支払調書の提出を「故意に怠」つたり、あるいは売買契約書や覚書の書換えを指示する行為を実行または敢行したものとすればという全くの仮定のうえに立つた判断に過ぎない。それが仮定にすぎないことは、現に後段で自ら無罪と宣言している追加一億円についての逋脱幇助(第三の二)までここには並べられていることから見ても明らかである。しかし、かように、単なる仮定的判断によつて、証拠に基づいて述べられた控訴趣意を斥けることができないことは明らかである。

3 原判決(第二の四、第二の五)は、また、本件明里の土地の売買契約書を二本立てにしたのは、市農協が当初から転売利益に対する法人税を逋脱しようとする企図に出たものであり、被告人天井も「右事情を認識しつつ二本立て契約の締結に応じたものであるという一審判決の事実認定は、当審における事実取調の結果によつても覆らない」と判示している(二二丁)。しかし、さきに見たように証拠を仔細に検討すれば、まず、市農協が当初から法人税逋脱を決定していたということが事実に反しており、契約当時は覚書に会館建設資金(または補助金)と出しておけば、後日、市当局と交渉してそれを市から立た補助金として扱うことができるであろうし、そうすればそれについては納税しないでも済むという期待で動いていたというのが真相であり、従つて被告人天井が右のような認識をもつはずもなかつたのであり、それに反する上田三良の証言も、同人自身実は市農協が脱税することに決めているとまでは考えていなかつたという同人の証言に照して信用できないことが明らかになつている。また、二本立ての契約に基く土地代は、覚書分を含めて、その全部が、市公社からは正しく土地代として支払われてその経理上の取扱いもはつきりそうなつているのだから、市農協でその一部を隠匿して法人税を逋脱しようとしても、税務当局が市公社の帳簿、書類を調べれば直ちに発覚することは必定で、天井がそれらに何らの工作も施さないで、発覚すまいとたかをくくり市農協の法人税逋脱を幇助しようとしたなどとは考えられないし、その他市と市公社内部の統制、監査機構からも、天井がそのようなことを故意に行いうる余地はなかつたし、勿論そのような証拠も存しないのであつて、右の原判決の判示は、証拠の語るところを無視した重大な事実誤認である。

4 しかも、原判決は、前記の判示の理由として奇妙な判断を示すのである。それは、さきに見たように、市農協の福井市政において保有する勢力、影響や被告人天井の経歴、地位等を総合して考えると「被告人天井において、原判示公文書偽造や法人税逋脱幇助行為がよもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく、一方、これによつて「明里土地」を安価に取得することができるとともに、他面これが市政、市行政の将来の円滑な発展に資すると考え、組合の意に迎合して二本立て契約の締結を指示し」たものであつて、それだから、勢いの赴くところ公文書偽造と法人税逋脱幇助までも、その情を知りながら実行するに至つたものだと解すれば、本件犯行は「十分に理解可能」だということのようである。尤も、右の文章中の、「一方、これによつて明里の土地を安値に取得することができると共に、他面これが市政、市行政の将来の円滑な発展に資する」というくだりは、専ら二本立て契約に関するものであり、それだけで十分にそれを承諾する理由たり得ると思われるけれども、原判決の趣旨はそうでなく、やはり最初の「よもや露見することはあるまいと安易に考えて」以下もそれにかかることになるようである。これは、原判決が、後の、判示第二の五で「それだからといつて、事実が露見するかも知れないことに考え及ばなかつた被告人天井が組合の依頼に応じ、明里土地買受代金を書面上二分し、そのうちの覚書分を税務当局に秘匿することに協力し、後にその金額を書き直して偽造し、更にその支払事実を税務当局に通知しないように指示すること等により、組合の実行する法人税逋脱行為を容易ならしめてその犯行を幇助することがあり得ないなどといえないことは多言を要しない」(二九丁以下)と述べていることからも明らかである。

そこには、二本立て契約締結当時から、市農協では覚書分の法人税を逋脱する方針が決まつていて、天井もそれを知りながら市農協に迎合してそれを指示したものであるということが当然の前提となつており、その前提があるからこそ、「よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか」うんぬんの文句が出てくるのである。しかし、そのような前提は、単に原判決が想定しただけの前提であつて、現実には、市農協では決して当初から犯罪的な法人税逋脱を方針として決めていたものでなく、従つて天井もまたそれに協力したものでないことは、右に証拠に基づいて明らかにしたとおりである。書面を二分したことが、直ちに覚書分を税務署に秘匿することへの協力であるなどといえないことは、市公社の文書及び経理面の扱いは、それらすべてが土地代として扱われ記帳されていて、覚書分を秘匿しようとする試みなど些かも存しないことによつて明らかである。天井はすべて公明正に行動していたのであつて、どこにも「よもや露見することはあるまいと安易に考え気を許したためか」などと推測されるような後暗いことは行つてないのである。一般に人の心境、精神状態を推測することは自由であろうが、国民に刑罰を科するために根拠もない心境、精神状態を憶測、想定することは許されないのである。

右の原判決による特異な精神状態、心境の想定は、二本立て契約締結行為のときだけでなく、それからずつと後の公文書偽造や法人税逋脱幇助のときについても、全く同じように行われている。これらの場合に、後藤らが現に行なつた行為は明らかに重大な犯行であるから、もし被告人天井がそれを知りながら指示したものとすれば、同人は決してそのようによもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許し、事の重大性に思いを致さず、気楽にそれをやれと指示するような心境、精神状態でありうるはずがない。もし気楽に指示したとするならば、それはその認識している行為が重大な犯行でないからで、つまりその行為が重大な犯行であることに気づいていなかつたからである。しかし、これは、故意ではなく、過失なのである。天谷の依頼に応じて、天井が「できるものならしてやれ」といつたのは、後藤らが犯行を構成すべき公文書偽造や税の逋脱を行うであろうなどとは全然考えていなかつたからであつて、それを気づいておれば、必ず厳重に訓戒したはずで、そのような気楽な指示で済ましたはずはないと考えるのが正常な理解である。

実は、原判決も、最後には「天井は昭和五〇年一月下旬天谷から文書の書換、偽造方等の依頼を受けた際、それがどれほど重大な意味をもつ行為であるかに思いを致すことなく、極めて軽軽にいわゆる天谷依頼に応じ、その要求どおりの事務処理をすべきことを岡藤らに指示した後は、明里土地問題が公に論じられるようになるまで、右事実をほとんど失念し、念頭になかつたことが優に窺いうる」と判示するに至つているが(四三丁)、この文章表現はそのときの天井の心理が故意でなく、せいぜい過失の有無が問題となりうる状態のものに過ぎなかつたことを、無意識のうちに、認めたものと見うるのである。

以上のごとく、原判決は、故意を認める余地のない事案について、故意犯を認定するために、極めて特異な精神状態を無理に想定し、この想定のみに基いて有罪の認定を行つたものであつて、それはあたかも証拠がないのに被告人の悪性格を根拠に有罪の認定をするのと同様な証拠裁判原則の否定であつて、後者を許されないとした判例(大審院昭和二年九月三日判決、新聞二七五〇号一〇頁、最高裁判所昭和二八年五月一二日判決、刑集七巻九八四頁)の趣旨からみても、それが許されないことは明らかであり、しかもその違法性の程度は甚だ重く、単なる刑訴法三一七条の違反たるに止まらず、もはや憲法三一条の法定手続の保障に反するものといわねばならない。仮りに憲法違反とまではいえないとしても、それには判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があつて、これを破棄しなければ著しく正義に反する結果となることは明らかである。

第二点 原判決は高等裁判所の判例(昭和三六年二月一五日、東京高裁判決、東京高裁刑事判例時報一二巻六号一〇二頁、昭和五一年九月一三日、大阪高裁判決、別添資料三)に反して証拠能力のない証言を証拠としたものであるから破棄を免れないものである。

原判決には―一審判決も同様―上田三良、岡藤昭男、後藤成雄らの各証人はいずれも検面調書のとおりにいわなければ偽証罪として逮捕、処罰されるという誤つた恐怖観念を抱いて証言したものであるからそれらの証言には証拠能力がないということを何等考慮しないで、天井に対する有罪認定の証拠とした違法があるというべきであるが、特にそのうちの後藤の証言―おそらく他の証人についても同様であつたろうが―については、第一審における証言の都度、事前に検察官から呼び出され、検察庁の密室で証人尋問の事前準備に応じた際に検察官からさきに作られた自分の検面調書の内容を告知され、それと同じことを証言するように申し渡されていることが問題である。後藤は第一審の第一七回、第一八回公判に二度出廷して証言しているが、第一八回公判の午後の法廷において、その日は午前九時頃から一〇時一〇分前ころまでかかつて、「けさ聞かれたようなことを、まあ、自分の忘れたような記憶もあるといかんからというので調書に基づいて聞かれました」と述べ、さらに、それは「調書に書いてあることを、大体、こういう具合に書いてあるという具合に聞かされたのか」という問に対して「はい」と答えているのである。

検察官による証人尋問の事前準備はもちろん許されるし、その際証人の記憶の喚起も当然試みられるであろうが、しかしその際、さきに作成されたその者の供述調書を閲読させたり、読み聞かせ若しくはその内容を告げることは許されないのである。現場ではこの点についても異論を述べる検察官に時折出会うが、伝聞法則の規定と解されている刑訴法三二一条は、公判廷でなされた証人の供述がさきに作成された同人の供述調書と相反しもしくは実質的に異る場合において、公判廷の証言よりも前の供述調書の方がより信用に値すると思われる特別の状況があるときに限つて、その供述調書に証拠能力が認められると定められているのである。このことは、公判廷で証言する証人が、さきに作成された自分の供述調書にとらわれず、それと無関係に専ら証言する際の自分自身の記憶によつて供述するということを前提にしていることは明らかである。もし証人が事前準備で、自分の供述調書を読まされたり、その内容を告げられ覚えこまされて、そのとおりの供述を求められるのだということになるならば、右の伝聞法則の規定は無意味な空文になつてしまうのである。従つて、右のような後藤にたいする検察官の事前準備は、刑事訴訟法の伝聞法則を潜脱する許されない行為だつたといわざるを得ないのである。

かような法解釈は厳しすぎるという向きがあるかも知れないが、刑訴法三二一条を無意味なものとしないためには、こう解釈するよりほかはないのである。このことは、さらに証人尋問について詳しく規定した刑事訴訟規則の一九九条の三が主尋問において例外的に許される誘導尋問の場合にも、「書面の朗読その他証人の供述に不当な影響を及ぼすおそれのある方法を避ける」ことを要求し、また同規則一九九条の一一が、証人の記憶喚起のために書面や物を示すことができるとしながら、特に(供述を録取した書面を除く)と定めていることから見ても明らかであろう。

弁護人は、以上のことを一審公判でも主張したし(一審公判の佐伯、弁論要旨五〇丁以下)、原控訴審においても繰り返し主張し訴えたのであるが(佐伯、控訴趣意書七六頁以下)、いずれの裁判所おいても無視せられた。しかし、前記東京高等裁判所の昭和三六年六月一五日の判決は、「思い出せない」という証人に対して、検察官が同人の司法警察員に対する供述調書を一段落ずつ逐一読み聞けその都度警察官にはかように述べているが間違いないかと問い、右証人において「間違いありません」と答えた供述の証拠価値について、そのような「証人尋問の方法によつて証人の供述を証拠とすることは、本来許されない司法警察員に対する被告人以外の者の供述書を証拠とするに等しいから、右の如き尋問方法による証人の供述も亦証拠とすることを許されない証拠能力のないものと言わねばならない」としているのである。

それと本件の後藤の場合とは、公判と事前準備、朗読と供述内容の告知という違いはあろうが、公判廷で許されないことが、事前準備の密室でなら許されるという道理はないこと、また朗読と内容の告知との間には質的な違いはないことからみて、原判決のこの問題の扱いが右の東京高裁の判例とくいちがつていることは明らかである。

次に、大阪高等裁判所の前記判決は、検察側証人が証言前に記憶喚起のため自分の検面調書を見たいといつて検察庁に赴き三時間にわたり右調書を閲読したうえ証言したという事案について、そのように「証人があらかじめ自己の検察官面前調書を閲読したうえ証言したとしても、右調書の閲覧がことさら伝聞法則を潜脱する意図のもとになされ、あるいは、証言の重要な部分において伝聞法則を潜脱したとみられるような結果が生ずる等特段の事情が存しない限り、右証言の証明力に影響を及ぼすことは格別、証拠能力に消長を来たすことはないと解するのが相当」であるとした。これは、証人が自ら記憶喚起のため自分の検面調書の閲読を申し出たという特殊な場合であり、読むのも自分の調書だということではあるが、その調書は、実は、同人の供述をそのまま録音、速記したものではなく、調書を作成した取調官が、自分はこのように聴き取つたという正しく伝聞報告なのであるから、それには当然に聴取者の主観が交わつているのであつて、その閲読も単なる記憶の喚起に止まらず、聴取者の主観の影響までうけることになるのは必定であるということや、そこに示された基準も主観的で明確性を欠くということなどを考えると、この判決にも問題があるといわざるを得ない。しかし、すくなくとも、現に本件で問題となつている後藤に対する事前準備は、同人に検面調書と同じ内容の供述をさせるために行われたことが明らかであるから、それは正しく右判決の「伝聞法則を潜脱する意図」に出たものといわざるを得ないのである。

さらに、原判決によれば、後藤は証人としての供述の当初のうちは、天谷からは「税務署までの話は出なかつたと思います」と述べていたのに、「その後検察官からの強い誘導的尋問に会つて、結局『追加一億円』に関する依頼事実を認めるかのように供述を変えているものの」その信用性は疑わしいとされているのである。そうであればそれは右の大阪高裁判決のいう「証言の重要な部分に伝聞法則を潜脱したとみられるような結果が生」じた場合に当るのである。こう見てくると、後藤証人に対する検察官の事前準備は、正しく伝聞法則を潜脱する意図のもとになされ、且つその法則を潜脱する結果を生じていることになつているのであつて、その証言になお証拠能力を認めた原判決が、右の大阪高裁の判例と矛盾することも明らかである。原判決はこの点においても破棄を免れないものというべきである(別添資料四)。

以上のごとくであるから、何卒原判決を破棄して被告人天井に対し無罪の御判決を賜りたい。

昭和六〇年(あ)第四九四号

○上告趣意補充書

有印公文書偽造・法人税法違反・偽証教唆 被告人 柳沢義孝

法人税法違反 被告人 福井市農業協同組合

代表者 柳沢義孝

右両名に対する頭書被告事件につき昭和六〇年五月二九日付で提出した上告趣意書を左記のとおり補充する。

昭和六〇年八月二〇日

右弁護人弁護士 大槻龍馬

最高裁判所第二小法廷 御中

一、上告趣意書補充の理由

本件の事実関係の真相は、福井市及び福井市土地開発公社において作成された文書類によつて確定されなくてはならない点が極めて多いが、被告組合及び被告人柳沢においては、これらの内容については全く判らなかつたため公益の代表者として公訴を維持する検察官において、裁判所の真実発見に必要な文書類はすべて公正に提出されているものと信じていたのである。

しかしながら上告趣意書作成の段階で、弁護人は、検察官が必ずしもそのような考えによつて証拠申請をせず、被告人らにとつて有利な証拠が不提出のままで検察官の手許に残されていることを知り、そのことについて知り得た範囲で取敢えずさきの上告趣意書を作成提出したのであるが、さらにその後、被告組合において、福井市長の同意書を得たうえ、同市から押収され現に福井地方検察庁検察官のもとに保管されている証拠物たる書類多数を閲覧謄写し、検討することとした。

その結果、第一審判決及び原判決の事実誤認をより一層明確に指摘できる資料を発見したので、ここに上告趣意書を補充することになつた次第である。

二、被告組合の本所会館(農協センターともいわれた)建設事業交付金に関する昭和四九年度予算の市長査定と市長事務引継について、

1.福井地方検察庁昭和五一年領第四三七号符第一六六号(写別添一)によれば、市長保留集計表のNo.二六、農政課(課)農業費(款項)の中に農業振興費(事業名)として

農協センター建設事業交付金

事業費 三五八、六八〇千円

補助金 一〇〇、〇〇〇千円

第二年目一〇、〇〇〇千円(四八~五七年一〇年間債務負担)

の記載があり、事業費に対し「八〇〇、〇〇〇千円に変更の予定」補助金に対し「一億円補助を倍額にしてほしい、(一〇年分割)増額文については研究」とそれぞれ書込みがなされている。

2.福井地方検察庁昭和五一年領第三五二号符号四一(写別添二)の昭和四九年度一般会計歳入歳出予算見積書(農林部農政課)は、野田祐作から差出されたものであるが、表面に市長査定定立会、財政課野田係員手控と書込みがなされ、その中身となつている負担金補助金の調べの中に、

名称 農協センター建設事業

交付先 福井市農協

予算見積額 一〇、〇〇〇

実績 昭和四八年度 一〇、〇〇〇

との記載があり、「増額申請」「増額については考える予定」と書込みがなされている。

3.福井地方検察庁昭和五一年領第四三七号符第一六三号(写別添三)の市長事務引継書の農林部農政課の部分に

農協会館の建設

福井市農協会館建設に伴い諸物価高騰による補助金(債務負担額)の増額

との記載があり、これに対し

「物価高騰により八四〇、〇〇〇千円必要」

「市補助金一〇〇、〇〇〇千円と農協の土地買取りの中で更に一〇〇、〇〇〇千円即ち二〇〇、〇〇〇千円を補助することになる。」

と書込みがなされている。

4.以上三点の証拠物によつて、昭和四九年二月五日ころ行われた昭和四九年度予算の市長査定の際、被告組合の農協センター建設に関して、さきの昭和四八年度に決定された一億円(一千万円宛一〇年間)のほかに補助金の増額が予定され、その後島田市長が急逝し、大武次期市長への事務引継の際には、農協センター建設事業費三五八、六八〇千円が物価高騰費により八四〇、〇〇〇千円となり、これに伴つて補助金増額分は一億円と具体的に表現されている。

右市長査定の場において坪川の昭和四九年一月二四日付陳情書が論議された際、天井が、この件については明里土地代金の中で解決済であると説明したところ、島田市長は天井の右説明が理解できないままこれを肯認し、坪川の右陳情は採択されなかつたとする天井の供述は明らかに事実に反するのであり、天井が右のような事実に反する供述が生み出された根拠はのちに詳述するが、本件が福井県議会で問題になり、昭和五一年七月一六日付で中川知事から大武市長宛に明里公共用地に係る調査の依頼があり、その回答のため、福井市及び福井市土地開発公社の幹部が対応策を練り意思統一を図つた結果によるものである。

三、農林部長の事務引継

1.福井地方検察庁昭和五一年領第四三七号符第九一号(写別添四)は、昭和四九年一〇月一日付で作成された、前任農林部長近藤重功より農林部長宮本信一への事務引継書であり、農政課所管懸案事項として

(一) 福井市農協会館建設補助金一億円の増額陳情について

(二) 福井市農協籾がら処理施設建設に伴う補助要請について

を掲げ

(一)につき

昭和四五年福井市農協合併に際して、福井市長島田博道と農協合同合併対策委員長山田等が交換した「育成に関する覚書」に記載されている農協会館建設費補助は事業費の三分の一である。従つて四八年基準事業費三五八、六八〇千円の約三分の一の一〇〇、〇〇〇千円の補助額を決定し、一〇年間の債務負担とした。

ところがその後諸物価の高騰等によつて事業費八六五、〇〇〇千円を要することになつた。(五〇年三月完成予定)このため四九年一月二四日付農陳一七二号によつて更に補助金一〇〇、〇〇〇千円の増額要請があつた。これに対し財政当局も必要性は認めながらも具体的方策について未解決となつている。

との説明が加えられている。

2.もし、右引継書が、原審において検察官から提出されておれば昭和四九年一〇月一日における農林部長事務引継同時において財政当局も補助金一億円の必要性を認めていたという右記載によつて、坪川陳情書は市長査定の場で採択されなかつたとする第一審判決は重大な事実誤認として指摘されたであろうし、「坪川の陳情書の内容が、組合の本所会館建設費用のうち一億円の追加補助を要請するのみでなく、高能率稲作団地育成事業費の補助等をも要望しているのに、後者については市当局内部で取り上げられた形跡が全くない」などという独断的な判示はなし得なかつた筈である。

検察官の証拠不提出に原因があるとはいえ、原判決は明らかに重大な事実誤認を犯している。

四、被告組合側における補助金の期待

1.原判決は「追加一億円を含め受領した『明里土地』代金の一部を補助金に転換してもらうため、真剣に努力した形跡も認められないことからすれば、所論のように補助金の交付を受ける見込があり、それを信じていたという事実を前提として、被告人柳沢や、前記坂本、坪川らに法人税逋脱の犯意のあつたことは否定できない」と判示している。

2.原審が前記別添一ないし別添四の各証拠に目を通す機会を与えられておれば、当然右のような判断を示すことはできない。

さらに福井地方検察庁昭和五一年領第五九五号符第四号(写別添五)によれば被告組合は、福井県からも農業会館建設事業費について昭和四九年度における補助金の交付を受けているが、昭和五〇年三月三一日付福井県農林水産部長から福井市農業協同組合長宛の、昭和四九年度福井県合併農業協同組合育成事業(農業会館建設事業費)補助金の交付について、と題する書面、及び同年四月一五日付福井県知事より福井市農業協同組合長宛の補助金額確定通知書(写別添五)によれば、被告組合は、福井県より昭和四九年度農林会館建設事業補助金四、七三〇万円の交付を受ける通知を、同年度終了後の昭和五〇年四月一五日付(昭和四九年出納閉鎖以前)で受けており、右補助金は福井県において補正予算もしくは予備費などから支出することになつたものと思われる。

右の例は本件について被告組合の常勤理事で、私達の責任において処理させてもらうと理事会で公言した坂本、坪川が昭和五〇年三月末日まで市からの補助金受交付を期待したことに対する予算上の実現の可能性を示すものであつて、天井の原審における予算措置は不可能であるという供述は不合理であり、同人があえて、かような供述をした何らかの理由が存する筈である。

なお右符第八四号は、被告組合から押収されたもので、被告人側にとつては極めて有利な資料であるが、検察官からは取調請求がなく、上告趣意書作成にあたり被告組合から還付方を請求したが、拒否されたものである。

3.福井地方検察庁昭和五一年領第三五二号符号の一〇の一(写別添六)は、福井市土地開発公社の福井農業協同組合における普通貯金通帳であるが、昭和四九年九月一三日の払戻金額欄の一億四千万円については摘要欄に「一般補助金へ」の記載がなされていて、被告組合としては年度末までに補助金としての補正予算もしくは予備費支出等の予算措置がなされることを期待していた事情がうかがわれ、右記載に対し通帳所持者たる市公社から訂正の申立てがなされた事実は存しない。

五、被告組合を聾桟敷に置いた市と公社の対応策

1.福井地方検察庁昭和五一年領第四三七号符号六一(写別添七)には、昭和五一年七月一六日、(被告組合が昭和四九年度及び昭和五〇年度の法人税の修正申告をしたのは同年六月一日である。)福井県知事中川平太夫は福井市長大武幸夫に対し、明里公共用地について県議会に対する説明上必要とするので所要事項に対する回答と必要資料の提出を求めた。

2.福井地方検察庁昭和五一年領第四三七号符五九-三号(写別添八)によれば同年八月二日、県会の県公社等特別委員会を構成する関、大西、田中、今村、中島、渡辺の各県議らが福井市役所に来庁、市長・助役・天井らから事情を聴取している。

3.そのころ福井市ならびに福井市土地開発公社の幹部、及び福井県総務部長らはその対策について種々疑義し、意思統一のうえ「明里公共用地取得並びに福井県に譲渡経過について」と題する書面(符第六一号に編綴)に纏め上げている。

4.福井地方検察庁昭和五一年領第四三七号符第七〇号(写別添九)によれば、同年八月六日午後三時からの県民貴賓室における打合せの内容として

<1> 四・八億(註・福井県の譲渡代金より公社の支払利息分を差引いた額)決定の内容

市長査定の場に於いて補助金は出せない。適当な価格で買収する事、農協に提示、契約の時点で一億円は地元との買収の経緯もあり、後は別途にするとの事で三、八億で契約

<2> 県の依頼により

四七-一〇-三〇、四八-一〇-三一県の中小企業〇〇の農協にアプローチの経過もあり表現した。

意思統一 2点の と記載されている。

5.しかしながら、右のように意思統一された二点のうち「市長査定の場において補助金は出せない。適当な価格で買収すること」の<1>の点の意思統一は、福井市から押収されている本件当時に作成された前記各証拠に照らすと明らかに事実に反するものである。

そして前記「明里土地公共用地取得並びに福井県譲渡経過について」と題する書面も右の意思統一のもとに作成されたものであることは、文書の表現によつて明らかである。

6.本件土地の譲渡は被告組合が元所有者から取得した価格によつてこれをなし、これを超えるものは、島田、山田間の覚書による福井市からの補助金として受入れるものと考え、他方市側においても前記のような市長査定、市長事務引継、農林部長事務引継の内容によつても補助金としての取扱いの方針であつたことがうかがわれるのに二年後の昭和五一年八月になつて被告組合を聾桟敷に置いたまま、事実と異なつた意志統一をされてしまつたのである。

いわばお人よしの農協役員や幹部は、何も知らされないまま補助金は土地代金の中に組み込まれ法人税逋脱の落し穴に放り込まれたわけである。

7.符号六一(写別添七)には「重要倉田」と記入した主任検事の付箋がついている。

しかし、捜査は実体に反してなされた右の意志統一の内容にそつて進められている。

そして符号六一は公判廷へ顕出されていない。

これでは裁判所が如何に真実に基く判定をしようとしても不可能である。

六、天井定美の供述

1.天井は前記のように、坪川の補助金増額の陳情書は、市長査定の場において、取上げられなくなり、土地売買代金の中において考慮することになつたと述べ、又被告組合に対して補正予算による補助金交付は不可能であると述べている。

そしてこの二点はいずれも事実に反するばかりでなく、前者は昭和五一年八月における県側との意思統一によるものではあるが、その結果自ら被告組合の法人税法違反(昭和四九年度分)の幇助犯に陥つてしまつたのである。

これこそ天井が全く予期しなかつたものと考えられる。

2.福井市が被告組合に対して支払う土地代金の一部を補助金とするか全額を土地代金とするかについては、その総額が適正価額であるかぎり何ら問題がなく本件土地の売買代金が適正であることは福井銀行審査部の鑑定によつて明らかである。

3.然るに天井が中心となつて何故事実に反した意思統一をしたのであろうか。

この点を解明することは、本件における重大な課題のひとつである。

前記符号六一(写別添七)の中に、福井市土地開発公社の用紙により福井県観光物産センター建設用地資金明細書が作成され編綴されている。

これによれば、右用地に関する事務費の同公社の予算は僅かに一、九六一、〇〇〇円であるが、本件における一億円および追加一億円合計二億円を、福井市から被告組合へ直接補助金として支払わないで、公社から土地代金として支払つたために公社の事務費は四、七八五、八六六円と大幅の増加が見受けられるのである。

いわゆる公拡法に基いて設置された特殊法人である市公社はその性格上公有地をより多く取扱うことによつて法の要請に応えることになり、おのずから事務費も増加し業績を挙げることができるのである。

天井が福井市財政部長だけの地位にあつたのなら、補助金として右支払を処理することは被告組合の要望に応えることになるが、市公社常務理事を兼ねている天井としては、右支出を市公社を通じてなすことに多大の利点を見出した筈である。

ところがそのことを被告組合幹部や担当者に言えないために、本件土地の売買契約時において、右事情を秘して非課税所得である補助金として交付するよう仄めかしながら市公社を通じて土地売買代金に含めて支払うことを心の裡に決めていたものと思われる。

そしてその後の昭和五一年七月本件が問題になつた時点で、被告組合幹部を欺く内容の前記意志統一をしているのである。

別添八の中にも「一一月頃に坪川専務より市にしか売らないとの返事があつた」との記載があり、坪川が被告組合の態度をはつきりと言明していた事実が認められるのであつて、その中の別の記載すなわち「岡本課長・天井-農協は一億を補助金として欲しいが出来なければやむ得ない。之は何時でもよいから補助金として欲しいが出来なければ四・八億の土地代も止むを得ないとの認識」なる記載は、天井らの意志統一の過程においてメモをしたものと思われる。

農協会館建設資金三分の一の補助を約束されている被告組合が、土地代金の中にこれを含めて受領し、法人税課税の対象となるのであれば、実質上農協会館建設資金の三分の一の補助を受けたことにならないことは自明の理であり、被告組合運営の責任者であつた坪川や坂本が右のような不利な譲歩をする筈がないのである。

昭和六〇年(あ)第四九四号

○上告趣意書訂正の申立

被告人 天井定美

右の者に対する有印公文書偽造等被告事件についてさきに提出した弁護人佐伯千仭名義の上告趣意書(昭和六〇年七月三日付)中の文言について左記のごとく訂正の申立を致します。

昭和六〇年一〇月二五日

弁護人 佐伯千仭

最高裁判所第二小法廷 御中

誤 正

1 上告趣意書目次一丁オモテ第一点の三行目の

「憲法三一条の」の次に、 「および悪性格の立証に関する判例の趣旨」を加え、

2 同一丁オモテ七行目の

「検察官」を、 「控訴審」に改め、

3 同二丁ウラ三行目の

「天上」を、 「天井」に改め、

4 同三丁ウラ七行目の

「本趣意所」を、 「本趣意書」に改める。

5 上告趣意本文四頁四行目の

「天谷甚平衛」を、 「天谷甚兵衛」に、

6 同五頁終わりから二行目の

「ある)割いて応じた面会席で初対面の天谷から受けた陳情であつたて」を、 「ある)を割いて応じた面会の席で初対面の天谷から受けた陳情であつて」に、

7 同頁終わりの行の

「草々」を 「単純」に、

8 同八頁終わりから三行目の

「(天井、四九年」を、 「天井、五一年」に、

9 同9頁終わりより四行目の

「管財課」を、 「財政課」に、

10 同一三頁終わりより二行目の

「市公社は双方に対して」を、 「市農協、県の双方に対して」に、

11 同一五頁二行目の

「県一億」を、 「県に一億」に、

12 同頁終わりの行の

「原判決」を、 「一審判決」に、

13 同一六頁一行目の

「観的事実で」を、 「観的事実を」に、

14 同一七頁七行目の

「追究」を 「追及」に、

15 同一八頁一〇行目の

「追究」を 「追及」に、

16 同二七頁八行目の

「とを迫真性」を、 「と迫信性」に、

17 同三一頁一〇行目の

「予算要請説明書」を、 「予算要求説明書」に、

18 同四九頁終わりの行の

「本冒頭」を、 「本趣意書冒頭」に、

19 同五一頁一行目の

「常務理事」を、 「専務理事」に、

20 同五二頁九行目の

「四九年一一月二四日付」を、 「五一年一一月二四日付」に、

21 同五五頁二行目の

「四九年一一月二九日付」を、 「五一年一一月二九日付」に、

22 同五八頁八行目の

「四九年一一月二九日付」を、 「五一年一一月二九日付」に、

23 同五七頁終わりから二行目の

「認識い」を、 「認識してい」に、

24 同六四頁六行目の

「連てきて」を、 「連れてきて」にそれぞれ改め、

25 同七四頁四行目末尾の

「にも」の下に、 「波及」を挿入し、

26 同七六頁一〇行目の

「いうざるを得ないが」を、 「いわざるを得ないが」に、

27 同八五頁終わりの行の

「人が」を、 「人は」に改める。

昭和六〇年(あ)第四九四号

○上告趣意書訂正の申立(その二)

被告人 天井定美

右の者に対する有印公文書偽造等被告事件についてさきに提出した昭和六〇年七月三日付、弁護人佐伯千仭名義の上告趣意書中の文言を左記のごとく訂正します。

昭和六〇年一一月一五日

右弁護人 佐伯千仭

最高裁判所第二小法廷 御中

誤 正

1 上告趣意書五〇頁六行目の

「明里の土地」を、 「明里土地」に

2 同頁九行目の

「被告人としても」を 「被告人天井としても」に

3 同六八頁一行目目の

「いた」を、 「いる」に

4 同七二頁七行目目の

「一点」を、 「一転」に

5 同頁一一行目の

「第三の二の事実まで安易に」を 「第三の二の事実の自白までも安易に」にそれぞれ改める。

昭和六〇年(あ)第四九四号

○上告趣意書に対する補充の申立

被告人 天井定美

右の者に対する有印公文書偽造、法人税法違反幇助被告事件についてさきに提出した上告趣意書(弁護人佐伯名義で昭和六〇年七月三日付提出分)の第一点四(七四頁以下)について左記のごとく補充します。

昭和六〇年一一月一五日

右弁護人 佐伯千仭

最高裁判所第二小法廷 御中

第一 被告人天井の自白調書には任意性がないという主張を斥けた原判決の判決理由には、取調べられた証拠との関係で著るしい矛盾があるとして、弁護人はさきに提出した上告趣意書(昭和六〇年七月三日提出、弁護人佐伯名義「上告趣意書第一点三の2、四一頁以下、同四の2、七四頁以下)において大要左のように主張した。

1 問題の被告人天井の自白調書は、原判決が昭和五一年一一月一〇日に逮捕されて以来一貫してきた「徹底した否認の態度を一変させて全面的に事実を認める」に至つたという同年一一月二六日以降の検面調書を指するものであるが、一審判決はそれを「同人が反省して態度を軟化させた後の任意の自白であつて十分信用できる」としたので、原審控訴審において弁護人は、逮捕以来一貫してきた徹底否認がその頃になつて突然全面自白に一転したのは取調検察官により苛烈な圧力が加えられた結果であることを疑うべき幾多の事実がある旨を主張して争つたところ、原審判決においては、それらの弁護人が指摘した事実の大半がそのまま認められているのであつて、それにも拘らず、被告人を取調べた検察官が自白を強要するような無理な取調べはしておらず、自白しない限り、いつまでも勾留を続けられると思わせるような態度もとらなかつたと証言をしているのだから、その供述の任意性を疑うことはできないと判示されている点において(原判決一三丁)、原判決の判決理由には看過すべからざるくいちがい、矛盾があるといわざるを得ない。そのことは、原判決が肯定した左記諸事実を指摘すれば明らかである。

イ 被告人は、逮捕以来専ら追及されてきた追加一億円の問題について市長と県の総務部長との間に取り交わされた覚書の原案があつたことを思い出し、そのことを述べたところその原案が出てきたので、もうこれで嫌疑は晴れたとほつとしたところ、一一月二六日から突然全然予期しなかつた本件公訴事実について追及が始まり、覚えのないことだから否認すると、否認するならいつまでも勾留するぞと脅かされ、逆に何が何だか分らなくなり、検事のいうとおりの調書に署名したのであると弁解しているのであるが―なお、原判決は、被告人が一一月二四日付検面調書から全面的に自白を始めたと判示しているが(四二丁)、それは誤りであつて、全面的自白は一一月二六日付検面調書からのことである―原判決によつても、その弁解を裏づける事実として、同人が右自白調書をとられた後も「実際の勾留期間を越えて更に勾留を維持されるであろうと予測していたことは、同人が同年一二月五日施行の衆議院議員選挙当日にはなお勾留されているため投票場に出頭して投票することはできないであろうと考えて同年一二月一日福井拘置所内で不在者投票をした事実によつて裏付けられている」(原判決一三丁)と判示されているのである。

ロ また被告人天井の取調べに当つた検察官が、否認する天井に自白させるために、既にそれ以前に作り上げられていた関係者の供述調書、すなわち「市公社事務局長の上田三郎やその後任の岡藤昭男及び同総務部長の後藤成雄、更には福井市農協側の天谷甚兵衛らが既にしていた供述のうちの相当部分を基礎にして、被告人天井に対して事案解明のための供述を迫つたであろうことは推認するに難くない」とも判示されている(原判決一三丁)。右に名前を並べられた人物は、いずれも本件公訴事実の実行行為者であつて(上田三郎は、当初の二本立の書面の作成者、岡藤は後の有印公文書偽造といわれる契約者、覚書の作りかえに関与した者、後藤はその作りかえを実行しまた法人税に関する支払調書の作成、提出を指示した者、天谷は農協側から右の者らにそのような行為を依頼した者)、既にそれ以前に取調べを受け、自分らの行為を認めるとともに、それはすべて天井の指示、承認を受けてやつたのだと責任転嫁的供述をなし、あるいはなさしめられていた者(天谷)である。原判決には、検察官がそれらを「基礎にして、被告人天井に対して事案解明のための供述を迫つたであろう」とあるが、その実体は「事案解明のための供述」などでなく、正にそれらの者の供述に合わせるような自白を迫つたであろうことが否定できないということである。そのような仕方で迫られたために、従来の一貫した否認を一転して自白したものであると認める以上、その供述の任意性には疑問があるとするのが当然の論理ではあるまいか。

ハ 原判決は、また、同じ検察官が、そのような経過で自白した後天井は自分に対して「許して下さい」と述べたと証言したのを、一審判決が「心底から湧き出た」言葉として無条件に措信し特筆大書していることに対しても、冷静に一歩距離をおいて眺め、果してそうだつたか「どうかという点は別として」と述べて、それを実認定の資料から除外しているのである(原判決一四丁)。

ニ さらに、右のように自白に転じた後の天井の検面調書(五一年一一月二七日付検面一項)には、「本当の所を申しますと、四九年一月二三日付の陳情書による会館建設補助金一億円追加の問題は明里の土地代を坪当り二万円で合計三億八千万円、もう少し正確に言いますと、三億七、六〇〇〇万円と一寸で解決済だつたのであります」などという客観的な事実の経過とまるで違つた供述記載があつて、一審判決はそれをそのまま措信したために、三億八千万円の土地代が支払われた後に、さらに右の土地を県に一億高く買取つてもらう話がまとまつた結果農協に追加一億円が支払われるに至つたことの説明に窮し、「正体不明の政治的加算金以外の何ものでもない」などといわざるを得なかつたのであるが、原判決はこの点についても具体的な根拠を示して一審判決の誤りを指摘している。すなわち、原判決によると、a、もし、一審判決のいうように追加陳情が三億八千万円という土地代金の合意によつて完全に解決済みであつたとすれば(決裁の日付は二月二日である)、その後の二月五日の市長の予算査定に右陳情問題を上程しているのは不自然であり、b、また後任市長の事務引継書類中に右陳情問題が懸案として残されていることと矛盾し、c、さらにその後任市長が一億円もの追加金支払を天井の説明の趣旨を理解しないまま認めたというようには考えられず、それらの諸事情を総合検討してみると、「被告人天井としては、坪川均提出の陳情書の名義が当時の福井市農協の組合長山田等となつていたことから、右一億円の追加補助陳情が組合の理事者ら全員の統一意思に基づいてなされたものと理解したうえ、右一億円獲得の要望に応えるべく努力し、結局、補助金という名目ではないとしても、売買代金の追加増額という形で『追加一億円』の交付に成功したものと認める余地も多分にある」と判示して、前記の一審判決の判断を誤りであるとしているのである(原判決一八丁以下)。この問題は、被告人天井にとつては、当時最も重要、切実な案件だつたのであるから、それについて右のように客観的事実と全く相反することを同人が錯覚して述べるはずはなく、また任意に供述したろうなどとはとうてい考えられないことである(上告趣意書四三頁以下)。

ホ 原判決は、また、被告人天井が、本件が県会や市会の問題となつてから、市農協の関係者が何も知らぬ、そんなことはないと事実を隠すばかりで、真相を語ろうとしなかつたのに業をにやして、右理事者らに対してこの問題に関する認識の統一方を電話で要求したことを一審判決が証拠隠滅をはかつたものとして激しく非難したことについても、正当にも、以上のような判断の結果として必らずしも一審判決が説示するように「証拠隠滅の意図に出たものとまでは認めがたいというべきである」(一九丁)と判示しているのである。

以上のような数々の事実からすれば、逮捕されて以来一貫していた全面否認が二週間後に突如全面的自白に一転した後に作成せられた天井の自白調書には「任意になされたものでないと疑うべき十分の理由」があるとするのが当然の論理であるといわねばならない。しかるに、原判決は、右のように数々の任意性を疑わせる事実があることを自ら認めながら、単に天井の取調に当つた検察官が、無理に押しつけるような調べはしておらず、また自白しない限り、いつまでも勾留を続けられると思わせるような態度をとつたことはないと証言しているというだけの理由によつて、右のような天井の自白の任意性を疑う理由はないと判示しているのである(原判決一三丁)。しかし、このような結論は、右にみたイないしホの原判決が自ら認定した諸事実と矛盾することは明らかであつて、特に天井が右のように勾留期間が過ぎても釈放されないものと思い込み―正確には思い込まされて―一二月五日に行われる予定の衆議院議員選挙の不在者投票まで行つていたという事実があるのに、どうして検察官のいつまでも勾留が続けられると思わせるような態度をとつたことはないという白々しい証言を措信できるとしたのであろうか。また、追加一億円の増額陳情は三億八千万円の土地代の中で解決ずみだつたのですというような客観的事実と全く矛盾し、本人の確信とも反することが明らかな事実を認めた供述が、検察官に押しつけられないでどうして突如現われたと考えられるのであろうか。原判決の右のような判断は余りにも不合理であり非論理的である。

原判決は、天井の一審及び原審公判廷における「各供述部分は不合理と思われる点が散見されて信用できず」というが、(原判決一四丁)、どの供述がどのように不合理かということを示さないでこのような切捨御免的判断を下すのは甚だ無責任であり、たまたま示された点(例えば天谷の依頼に対して岡藤らに単に「できるものならそうしてやるように」と指示したというのは不自然だという点、原判決三四丁)は、むしろそういう原判決の論理の方が不自然で証拠の語るところを無視したものなのである(上告趣意書六四頁以下)。

2 以上の事実は、さらに、原判決が一審判決を誤りだとしてこれを破棄し無罪の判断を下した追加一億円についての法人税逋脱幇助の関係について、次のように判示していることを考え併せれば一層明白なはずである。曰く、

「しかも所論のとおり同被告人(天井を指す、弁護人)は、一一月二四日に至つて従来の徹底した否認の態度を一転させて全面的に事実を自白するようになつたもので、その間の転機については当審における事実調べの結果を参酌してみても、なお真相を明らかになし得なかつたが、いずれにせよ、同被告人が自白することに方針を転換させた際、天谷から文書偽造のほか、税金のことも依頼された記憶があつたことから、勢いの赴くところ、検察官の追及に従つて、軽率にも『追加一億円』分についてまで依頼があつたように思い込み、原判決判示第三の二の事実まで安易に自白してしまつたものと推認しうる余地が多分にあるので」その自白部分もそのまま信用できない(原判決四三丁)。

ここでは、自白部分そのものが信用できないとされているが、そのように、信用できない自白調書が、それまでの徹底的否認の態度を一転させた全面自白において、突如出現しているということになれば、その内容の信用性よりもまずその供述の任意性を疑うべきである。殊に、その一転して自白するに至つた「転機の原因については当審おける事実調べの結果を参酌してみても、なお真相を明らかになし得なかつた」とされる以上は、そのような内容的に信用できない一転後の自白そのものは、まず、「任意にされたものでない疑いのある自白」として扱われるべきものである。この問題を素通りして信用性のみの問題と見ようとする原判決の証拠判断は明らかに論理法則、経験法則を無視したものである。

なお、原判決は、右のように、当然、まず問題とせられ且つ否定せらるべき任意性について検討することを怠り、むしろそれがあることを前提とする過ちをおかしているために―前記のいつまでも勾留を続けられると思わせるような態度はとらなかつたという検察官の証言を鵜呑みにして現実に行われた被告人の不在者投票の事実と矛盾する判断に陥つたのと同様に―ここでも率直に被告人は、「検察官の追及によつて心にもない自白をするに至つたものである」というべきところを、右に引用したように「被告人が自白することに方針を転換させた際、天谷から文書偽造のほか、税金のことも依頼された記憶があつたことから(これは既に転換後の自白には任意性があることを当然の前提とするものである。弁護人)、勢いの赴くところ検察官の追及に従つて、軽率にも『追加一億円』分についてまで依頼があつたように思い込み、原判決第三の二の事実の自白までも安易にしてしまつたものと推認しうる余地が多分にある」などという全く説得力のないもつて廻つた説明をせざるを得なくなつたのである。終始否認してきた事実を認めるように検察官から追及されて最後に屈服して泣く思いで認めた被疑者が、屈服したとたんに今まで否認していた依頼が実際にあつたものと「思い込ん」だり、やつてないといつていた脱税幇助までやつたように思いこんで安易に自白してしまつたのだと「推認し得る余地」など、そこには全然存しないのである。裁判官と雖も厳存する任意性についての疑いを無視し存在し得ない事態を存したものと認定する権利はないのである。

右のように被告人天井の自白調書の任意性に対して厳存する濃厚な疑いに対して無理に目を閉ぢようとする原判決の態度は、論理法則と経験法則の違反を厳しく戒しめている判例、たとえば殺人事件の被疑者の取調べに関係した警察官のうち三人までが、被告人に手錠をはめたまま調べたとか、四人がかりで調べた、あるいは署長が午前二時まで調べ、その際被告人を殴つたとか、被告人が自白前に自殺を図つた等と公判廷で証言しているにもかかわらず、それらを無視し、かえつてそのうちの一人に対する被告人の自白調書のみを証拠として有罪を認定した原判決に対して、それは「本件のごとく特段の事情のみるべきものがないにかかわらず、右の各証言を措信するに足らないとした点において経験法則に違反し、また審理を尽さずに自白に任意性ありとした点において違法がある」として破棄した判例(昭和二六・八・一大法廷判決、刑集五巻一六八四頁)の趣旨に違反するものであつて、この点において破棄を免れないといわねばならない。

第二 弁護人の上告趣意書は、さらに、原判決が証拠に基づいた弁護人の主張を単なる仮定的判断によつて斥け(原判決一九丁、二〇丁、上告趣意書第一点三の3四八頁、四の2七五頁以下)、あるいは、証拠の示すところと矛盾する事実を認定するために、被告人が著しく軽率な性格の人間であると根拠もなしに想定したりしていること(原判決二六丁ウラ以下、二九丁以下、四三丁以下、上告趣意書第一点の三の4五〇頁、5六〇頁、6七一頁、四の4七九頁以下)を指摘し、それらは経験則、論理法則の違反であるのみならず、悪性格による事実認定を否定している判例の趣旨にも違反していると主張したが、以下、それらの論旨についてさらに若干補充上申する。

1 原判決の仮定論による控訴趣意否定

原判決は、右に見たように、追加一億円が、一審判決のいうように明里の土地代金三億八千万円の中に含まれ既に解決済みであつたのではなく、むしろ四九年一月二三日付の市農協からの補助金増額陳情書に連るものであるという弁護人の主張が正しいことを認めたのであるが、それにもかかわらず、たといそうであつたとしても、その誤りはいまだ一審判決の有罪認定をゆるがすものではないとするのであつて(原判決第二の三、一九、二〇丁)、その根拠として次のように判示している。曰く、

「本件において『明里土地』に関し福井市農協が市公社から得た金銭的利益はすべて売買代金以外の何者でもないことは、柳沢も被告人天井も十二分に認識していたことが明らかであるから、組合が右売買代金の一部をそれが帰属する事業年度の益金からことさらに除外して法人所得を減少せしめ、もつて法人税を逋脱するものであることを被告人天井においても認識しつつ、原判決の『罪となるべき事実』第三の一及び二に各判示したような支払調書の提出を故意に怠るなど、逋脱の事実を当局が発見することを困難にするような行為を実行すれば、それが法人税法違反幇助罪を構成することは勿論であるし、原判決の『罪となるべき事実』第一に判示したような所為を敢行すれば、それが公文書偽造罪を構成することも明らかであつて、「追加一億円」と坪川提出の陳情書との間の関連が所論のとおりであるとしても、そのことによつて原判決の「罪となるべき事実」第一及び第3の一、二の各罪の成立が否定されるものではない…」(原判決一九ウラから二〇丁)。

これを見れば、右の判断がすべてもしも天井が市農協の脱税行為を「認識しつつ」一審判決の判示したような諸行為を行つたものとすればという仮定の上に組み立てられていることが明らかである。しかも、その原判決が、後では(判示第二の六、三七頁以下)、ここに一括して法人税逋脱幇助罪になるとされた追加一億円についての一審判決の第三の二の事実については、犯意が存しなかつたものとして、犯罪の成立を否定して一審判決を破棄しているのであるから、右の判示が単なる仮定的判断であることは明らかである。しかし、このように単なる仮定的論法をもつて、証拠に基いて立論している控訴趣意を―右のように、恰かもその部分については後段で一審判決を自らも破棄しているにもかかわらず―しりぞけることは、判決理由としとうてい許されないところであり(上告趣意四九頁以下)、この点において、原判決には、判決に理由を示さなかつた不法、もしくは判決理由のくいちがいがあるものといわざるを得ないのである。

2 もつとも、原判決の右の仮定的判断は、次の判示第二の四(市農協が本件明里の土地の売買契約を二本立てにしたのは、必ずしも最初から法人税逋脱を意図したものではなく、特に被告人天井は市農協にそのような意図があるとは思つておらず、また同人にはそうと知つてまでそれを幇助せねばならぬような何らの利益も動機も存しなかつたし、また実際そのような行為はしていないという控訴趣意に対する判断・原判決一九丁以下)になると、単なる仮定に止まらず、現実にそうだつたのだという断定となつてくるのである。曰く、

「原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、所論にもかかわらず、『明里土地』の売買契約が二本立てでなされたのは、一面福井市農協の組合員でもある『明里土地』原所有者らの感情を考慮した結果採られた措置であるとともに、他面転売利益に課税される法人税を逋脱しようとする企図に出たものであり、被告人天井としても右事情を認識しつつ、二本立て契約の締結に応じたとの原判決の事実認定は、優にこれを肯認することができる」(原判決二二丁)。

ここには、一審判決の事実認定が証拠上優に肯認できるなどと極めて断定的な表現が使われているけれども、その根拠として示される事実は決してそのような強気の発言を可能にするものではないのである。何故ならば、

イ 原判決は、その第一の根拠として、昭和四九年二月二六日の市農協理事会で、二本立て契約の発案者坂本秀之と同調者坪川均とが、「覚書に掲記される金額には課税されない旨説明し、他の理事全員からその了承を得」たということをあげているが、この説明は決して原判決のいうように坂本や坪川が覚書分に課税される法人税を逋脱しようと企図していたことの証拠となり得るものではない。右の市農協理事会の当日の「議事録」には、副組合長の坂本が「市(市公社ではない・弁護人)から本所会館建設資金として助成してもらうということで税の対象にはならないことになつています」と説明したと記載されている。これは覚書分は課税対象になるけれども、その分については脱税するのだという趣旨の発言ではなく、むしろそれは後日市からの助成金ということに変更して貰らう予定だから、税の対象にはならないで済むと説明しているのである。このことは、早速その場で理事の間から「課税対象」についての質問があり、それに対して坪川の税務署にその間の事情を説明し、相談して認められれば税金はかからないという趣旨の説明があつて片づいていることから見ても明らかである。覚書には、現に「農協会館建設資金として」と記載されており、坂本らはそうしておけば、後日その分は市からの補助金という扱いにして貰えると考えていたのである(上告趣意書添付、坂本秀之陳情書)。同人らがそのような期待を抱いていたということは、被告人天井の検面調書(五一年一一月二四日三項)にも、後日、坂本から「一億円を市公社の方から市の一般会計に入れて、補助金として出すわけにはいかないか」という申し入れがあつたが、「ダメデス」と断つたという供述記載があることによつても裏付けられているのであつて(上告趣意書五一頁以下)、原判決はこれら以外にも同趣旨の関係者の供述があることまで認めながら、右のように市農協が当初から法人税の逋脱を企図して二本立て契約にしたものであると断定しているのであつて、その証拠判断の誤りは余りにも重大である。しかし、実際は当初の二本立て契約のときから市農協自体に法人税逋脱の意図があつたのではないのだから、被告人天井がそれを認識していようはずもなかつたのである。

ロ 原判決の第二の根拠は、当時の市公社事務局長上田三郎は市農協の天谷甚兵衛から二本立て契約の話を聞いて直ちに法人税逋脱の目的であることを知り、自分だけでは決しかねたので被告人天井にその事情を話して指示を仰いだところ、組合の要求に応ずるようにと指示されたので始めて二本立て契約を結んだと供述しており、天井の一一月二九日付供述調書にもそれに沿う自白があるということである。しかし、a、上田の公判証言を仔細に検討すれば、同人は、天谷は「税法上の取扱いとか何とかいうようなこと」をいつていたのであつて、自分はそれを「税金を免れようという考え」ではないかと考えたけれども、その税金の免れ方は「何かその手続きの方法でもあるんか、それとも脱税をやるという考え」なのか分らなかつたと述べているのであつて、決して市農協が脱税を企図しているとはつきり考えていたわけではない(一審一五回公判二二丁以下、四九丁以下)。他方、市農協側でも現に、イで見たように、後日市からの補助金というように形をかえてもらうことを期待してはいたであろうが、脱税すると決めていたわけではないのだから、天井においても当時ありもしない市農協の脱税の企図を認識するはずはなかつたのである。b、なお原判決は、その点を気にしたのでなければ上田がわざわざ天井のところに指示を仰ぎに行く筈がないとも判示し、且つ上田が指示を仰ぎ行つたことは天井自身も一一月二九日付供述調書で認めていると特筆している。しかし、天井は、むしろ取調べの当初から明里の土地買収交渉は、殆んど自分とかかわりのない所で、上田局長等公社職員の手で進められたのであつて、自分は只契約書と覚書の決済をしただけであり、上田から二本立てにした経緯を報告され、相談にあづかつたということもなければ、自分の方から、公社に対してどうしろこうしろと注文をつけたこともないと述べていたのであつて(一一月一七日検面一二項)、それが突如一一月二九日付検面に至つて一転し、原判示のような供述記載となつたのであつて、それは、原判決も認めているようにそれ以前に作成されていた上田の供述調書に基づいて取調検察官に同趣旨の供述を強力に迫られた結果に過ぎず、それが上田の供述に「沿う自白」となつているのはむしろ当然である。そのような上田の調書のひき写しにすぎぬ天井の検面調書が上田の供述に対する補強となり得るはずはない。c、なお、上田は、市公社では従来土地を二本立てで買うことは殆んどなかつたので特に天井の指示を仰いだのだとも述べているが、これもまた偽りであつて、市公社では列島改造以後の地価の高騰傾向下にあつて後日の買収のことを考え単価を低くおさえておくため、当時は二本立て、三本立てによる契約をするのがむしろ通例になつていたこと(それらの書類は永久保存として現在も市公社に保管されている)、本件明里土地の売買交渉は、四八年一〇月頃から上田と市農協の間で行われ、既に値段も坪九万円ということに決まつていたのであつて、決して一月以降に天井の指示で上田が交渉を始めまた同人が地価を値切つたりしたものではないこと、二本立て契約案も市農協の要請で上田が作つたものであること、しかし、二本立て契約の決裁を受けに行つたのは上田ではなく、山田正邦(公社職員)であつたこと等が、一審以来の弁護側の立証(一審一四回公判での上田に対する反対尋問、山田正邦の一審二七回公判、原審七回公判証言、弁二九号、三〇号証等)によつて明らかになつているにもかかわらず、原審はそれらを全く考慮しなかつたために、一審判決の事実認定の誤りを是正できなかつたものと思われる。

3 被告人の行為時における特異な精神状態の想定による控訴趣意否定

以上のようにみてくると、原判決は被告人天井が二本立て契約の締結に応じたときから、市農協の法人税逋脱の企図を「認識」していたことを「優に肯認できる」というけれども、その証拠上の根拠は極めて薄弱で、右の判示は決して、合理的な疑問の余地のない確信の表明であつたとは思われないのである。そのことは、原判決が、次にみるように、被告人の犯意を肯定するために、被告人を並外れて軽率な思慮の足りない人物であると決めつけなければならなかつたところからも伺われる。

イ 原判決は、被告人天井には、市農協の脱税企図を知りながら二本立て契約の締結に応じたり、あるいは起訴状にあるような公文書偽造や法人税逋脱幇助行為に出でなければならぬ何らの動機もまた利益も存しなかつたという控訴趣意をしりぞけるため、次のように極めて特徴的な判示をしているのである(原判示第二の四、二六丁以下)。曰く、

「しかしながら…福井市農協の福井市政において保有する努力、影響力や被告人天井の福井市及び市公社内における経歴、地位等を総合、考察してみると、被告人天井において、原判示公文書偽造や法人税逋脱幇助行為がよもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく、一方、これによつて明里土地を安価に取得することができるとともに、他面これが市政、市行政の将来の円滑な発展に資すると考え、組合の意に迎合して二本立て契約の締結を指示し、更には勢いの赴くところ原判示第一及び第三の一、二の各犯罪を実行するということは十分に理解可能なことであつてそこに犯行の動機がないなどとはいえず、所論に関係する原判決の事実認定は優に肯認できる…」

そこには、被告人天井が問題の行為を行つた際にそれらが「よもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく」行為したものとすれば理解することが可能であるから、動機がなかつたとはいえないとされていることは明らかである。もつとも、その「よもや露見することはあるまいと安易に考えたものか…」というくだりは、直接には公文書偽造と法人税逋脱幇助だけにかかるようなもののようであるが、そもそもここで問題になつているのは最初の二本立て契約の際の天井の認識なのであるし、右の文章の前後の関係からは、右のくだりはこれにもかかるものとして理解すべきであろう。そうすると、原判決によれば、被告人天井を有罪と認定するためには、同人は、当初の二本立て契約締結の際の上田三郎に対する指示に当つても、また翌年の公文書偽造や法人税逋脱幇助に該当する岡藤や後藤の行為を指示した際にも、いつも同じようにそれらのことが「よもや露見することはあるまいと安易に考えたものか事の重大性に思いを致すことなく」極めて無思慮、軽率に行動したものであると考えればよい、あるいは考える必要があるということになるのである。これは被告人に対する誠に異常な犯行時の精神状態の想定である。しかも、この異常な精神状態の想定はこの判決部分のみに止まらないのである。

ロ 原判決は、また、市公社から市農協に支払われた金員は全額土地代金として支払われ、経理処理もそのようになつているのであつて、もし天井が市農協の法人税逋脱を幇助する意図であつたのならば、当然公社の経理についてもそのための何らかの工作をしているはずであるのに何らそのような痕跡が存しないことは、同人に市農協の脱税を助ける意思がなかつたことを示すものであり、さらにまた市と市公社の組織、内部統制、業務内容からみても、天井が決裁する前には、部下の財政課職員らによる厳重な事前検討が行なわれ、さらに天井の決裁後も市長、助役の決裁があり、さらに監事の監査があるのだから一審判決のいうような犯罪が行われうる余地はないという控訴趣意に対しても、原判決は、一応、「市公社から市農協に対し支払われた金員が市公社側の会計処理上すべて土地買受代金の支払として支出された事実はある」といい、さらに「福井市及び市公社の職制上所論のように、その内部統制組織がかなり整備されていたであろうことも推認できないわけではない」(二九丁)と認めながら、なお、次のような理由で控訴をしりぞけているのである(原判示第二の五、二九丁)。

「それだからといつて、事実が露見するかも知れないことに考え及ばなかつた被告人天井が組合の依頼に応じ、『明里』買受代金を書面上二分割し、そのうちの覚書分を税務当局に秘匿することに協力し、後にその金額を直して偽造し、更にその支払事実を税務当局に通知しないように指示すること等により、組合の実行する法人税逋脱行為を容易ならしめてその犯行を幇助することがあり得ないなどといえないことは多言を要しない…」

すなわち、ここでも、被告人天井は、大それた犯罪行為を部下に指示しながら、その「事実が露見するかも知れないことに考え及ばなかつた」無思慮、軽率な人間だからそのような行為に及んだものであると想定することによつて、初めて一審の有罪認定が維持されているのである。しかし、証拠上認められる公社の実情は、契約書や覚書を書きかえたところでもともとの稟議決裁文書には真正の契約書、覚書の文章が添付されており、また経理関係の書類を調べれば、覚書分も土地代であることは直ぐに判明する状態にあつたわけであり、かような市公社の実情からは、むしろ、天井は市農協が法人税の逋脱を企図していようなどとは全然思わずに二本立て方式の契約を決裁したものであり、さらに後日の天谷依頼も、公文書の偽造や脱税幇助の依頼だなどとは思わなかつたので簡単に岡藤らに「できるものならそうしてやれ」といつたのであり、支払調書の決裁も回つてきた決裁書類の表紙に公社担当の部下の検討済みの押印があつたので間違いないものと信じて決裁印を押したものであつて、それに一億円の決裁漏れがあろうなどとは夢にも考えていなかつたと見るのが自然であり当然である。そこにもしも問題があつたとしても、それはせいぜいもつと注意すればそれらのことに気づいたのではないかという過失責任の問題に過ぎないのである。それなのに、この場合にも、あくまで被告人は事実を知つていたのであつて、ただそれが露見するかも知れないことに考え及ばなかつただけだと判示しているのは、このように被告人を特別思慮分別のない軽率な人物と看做すことによつてしか被告人の故意を認定できず一審判決の有罪認定を維持できなかつたということを示すものであるが、かような原判決の証拠判断は極めて異常であるといわざるを得ないであろう。

ハ 原判決は、さらに、被告人天井は天谷から公文書偽造や法人税逋脱幇助について依頼されたものとは考えておらず、岡藤、後藤にそのようなことを指示したこともないと主張した控訴趣意について、公文書偽造と覚書分の一億円についての法人税逋脱幇助については一審判決を維持したものの、追加一億円については犯意がなかつたものとして原判決を破棄しているのであるが、そのことに関連して、自白に転じた後の天井の検面調書についてその任意性までは疑えないが信用性は認めがたいとして次のように判示している(原判決第二の六、四三丁以下)。

「…被告人天井は、昭和五〇年一月下旬天谷から文書の書換、偽造方等の依頼を受けた際、それがどれほど重大な意味をもつ行為であるかに思いを致すことなく、極めて軽々にいわゆる天谷依頼に応じ、その要求どおりの事務処理をすべきことを岡藤らに指示した後は、『明里土地問題が公に論じられるようになるまで、右事実をほとんど失念し、念頭になかつたことが優に伺いうるのであり、従つて、二年近くを経過した昭和五一年一一月の時点において、天谷依頼の趣旨を細部に至るまで確実に記憶し続けていたかどうかは相当に疑わしく、しかも所論のとおり同被告人は一一月二四日(それは正確には一一月二六日以降である。弁護人)に至つて従来の徹底した否認の態度を一転させて全面的に事実を自白するようになつたもので、その間の転機の原因については当審における事実調べの結果を参酌してみても、なお真相を明らかになし得なかつたが…」

これによれば、天井は天谷から依頼を受けたときでさえも、「それがどれ程重大な意味をもつ行為であるかに思いを致すことなく、きわめて軽々に」それに応じたものと認められているのである。しかし、依頼の内容が本当に公文書偽造とか法人税逋脱幇助などの犯罪だということが分かつていたのであれば、そのように極めて軽々に応ずるはずはない。軽々に応じたということは、むしろそれをそんな重大な意味のある依頼ではないと受取つたからであると見るべきである。なお、原判決は、その後天井は天谷依頼のことをすつかり失念してしまい、約二年後の五一年一一月に検事の取調べを受けた際に細かいところまで記憶し続けていたか疑わしいともしているが、そうだとすれば、自白に一転した後の天井の検面調書の全体が任意性はもちろん信用性も否定せらるべきで、原判決のように信用できる部分とできない部分とを区別することはできないはずである。しかも、実は、その天井は検事調べのときにも決して天谷依頼のことを全く失念していたわけではない。同人はむしろ検事調べの当初から(一一月一八日付検面一一項)、五〇年一月末か二月初め頃岡藤、後藤と一緒にやつて来た天谷の依頼について、それは「農協の経理の都合上、覚書の一億四千万の中の四千万が埋立補償費である旨、明確にしたい」ということだと受取つたので、岡藤らに「できるならそうしてやれ」といつたことがあるとはつきり供述していたのであつて、それが気に入らなかつた検察官から上来繰り返し指摘したような強烈な追及を受け逮捕後二週間目に遂に屈服し、前記のように辻褄の合わぬ自白調書に無理に署名させられたのである。しかし、これらのことがここでの問題ではない。原判決が、ここでもまた、天井を五〇年一月末頃に初対面の天谷から依頼を受けたときにさえ、それがどれほど重大な意味をもつ行為であるかに思いを致すことなく極めて軽々にその依頼に応じたような極めて不注意で軽率な人物として想定しているということが問題なのである。

4 原判決は、一体何故に、このように問題行動の度毎に被告人天井の特異な精神状態を認定し、同人を甚だしく軽率で無思慮な人間として想定することを繰り返しているのであろうか。それは、上来諸所で指摘しておいたように、本件が証拠上はたかだか過失責任(部下の違法行為を気づいて阻止すべきであつたのに、それに気がつかず行為させてしまつたという上司としての不注意)の有無が問題となり得るに過ぎない事件であるのに、証拠判断を誤つて同人に故意ありとして有罪を認定した一審判決をそのまま維持しようとするために、原判決としてはそうでもするよりほかに道がなかつたからである。しかし、原判決のいうように、天井は、最初の明里の土地買受けのときから、市農協が覚書分について法人税を逋脱するものであることを十分認識しながら、その「事実が露見するかも知れないことに思い及ばなかつた」ので二本立ての契約に応じたものであり、また後の後藤らによつて契約書と覚書の書きかえによる公文書偽造が行なわれた際にも、さらに後藤や岡崎により覚書の一億円を外した虚偽の支払調書の作成、提出による法人税逋脱行為が実行された際にも、同様にその事実をよく承知していながら、それらの「公文書偽造や法人税逋脱幇助行為がよもや露見することはあるまいと安易に考えて気を許したためか、事の重大性に思いを致すことなく」行動してしまつたものだとすれば、天井という人物は並外れて思慮分別を欠いた甚だ軽率且つ不注意な性格の持主だということになる。原判決の有罪認定は、正しく天井をそのような特異な性格の人間と見ることによつて初めて成り立つているのである。

しかし、天井がそのような並外れて思慮分別を欠いた軽率で不注意な性格の人物であるということを認めさせる証拠は、実はどこにも存しないのである。本件明里の土地に関する問題の全経過を眺むれば、同人はむしろその地位に適しい慎重さと思慮をそなえた人物だと思われるのであつて、原判決の右のような特異な天井の人間像の想定は、むしろ証拠上困難な故意犯としての有罪認定の論理的な辻褄合わせのために無理に案出された彌縫策にすぎないと断ぜざるを得ないのである。

しかし、判例は、犯罪事実を認定するために被告人の悪性格や前科を証拠とすることを許さず、また類似事実による犯意や目的等の主観的要素の認定とか、余罪を量刑に当つて考慮すること等についても極めて慎重であり、厳格である。前科については、既に大審院当時の判例が、それを有罪認定の証拠とした原判決に対して、「前科ハ其後ニ生シタル犯罪行為ト何等関渉スル所ナク全然過去ノ事実ニ属スルヲ以テ被告カ前科ヲ有スルノ事実証明セラレタル場合ニ於テモ其事実ハ公訴ノ目的タル犯罪行為ノ成立ヲ断定スルニ付イテハ適当ナラサルモノトス」と判示し、さらに「事実裁判所カ前科ニ関スル証拠ノミニ依リタル場合ハ勿論之ヲ他ノ証拠ト総合シタルトキト雖モ苟モ証拠ヲ援用シ犯罪ノ成立ヲ認定シタル以上ハ其判決ハ採証ニ違法アルモノトシテ破毀ヲ免レサルモノトス」として破棄しているし(大正七年五月二四日大判、大審院刑事判決録二四 六四七頁、同趣旨昭和二年九月三日大判、新聞二七五〇号一〇頁)、貴裁判所判例中にも、警察職員の特別公務員暴行陵虐事件について被告人には取調中暴行する習癖があるということを公訴事実の立証のために証明することが許されるかどうかが問題となつた事件(その事件では、当初右のような立証趣旨による証拠請求に対して弁護人が異議を申し立てたため、検察官はその請求を一旦引込め、後の公判段階でさらに情状立証のためと称して同じ請求をしたところ、裁判所がそれを許したという事案であつた)について「所論証人尋問が、被告人に暴行の習癖のあることを立証せんとするにあつたとしても、それは勿論本件公訴事実の立証のためのものではなく、量刑に関する情状に関するものと認むべきであり、かかる証人尋問を、かかる手続上の段階において制限すべきいわれはない…」と判示されたことがある(昭和二八年五月一二日三小判、刑集七巻九八一頁以下)。これは暴行の習癖の立証は、それが量刑に関する情状の立証としてならば許されるけれども、公訴事実自体の立証としては許されないのだという趣旨を明示されたものと解されるのである。その情状の立証としてさえ、余罪の立証がどこまで許されるかは頗る争われていることも周知のところである(たとえば、昭和四一年七月一三日大法廷判決、刑集二〇巻六〇九頁以下、昭和四一年一一月一〇日一小決、判例時報四六七号、六三頁以下、昭和四二年七月五日大法廷判決、刑集二一巻七五〇頁以下)。被告人に故意があつたかどうか証拠上は極めて疑わしい本件について、一都市の財政部長の要職にあつた被告人を並外れて軽率且つ無思慮な人物であると想定することによつて、部下が公文書偽造や脱税幇助行為をしうとしていることに気がついていながらそれを阻止することなく、むしろよもや事が露見することはあるまいと安易に考え事の重大性に思い至らずそれらを支持したものと認定した原判決は、独断的に被告人の特異な性格、精神状態を想定することによつて故意犯としての有罪を認定したものであつて、明らかに右の諸判例の趣旨に違反せるものといわなければならない。

さらに、重要なことは、右の各判例では問題となつた前科や、暴行の習癖、余罪等はすべて現に法廷に顕出された証拠によつて明確に立証されているのであるが、本件において原判決が想定した被告人の前記のような極めて特徴的な極端に軽率で且つ不注意、無思慮な性格、精神状態については、それを証明する何らの証拠も提出され取調べられていないということである。さきにも指摘したようにそれは単に原判決によつて、矛盾する証拠の間の辻褄を合わせるための彌縫策として想定されたに過ぎないものである。このような原判決が、右の諸判例の趣旨に照して、とうてい許されないものであることは一層明らかだといわなければならない。